自然の摂理から環境を考える
 
事実って、何?
2053 怪しげな「検証」と、危なげな「定説」
 
石野潤  ( 46 大阪 教務開発 ) 01/03/23 PM11 【印刷用へ
>適応度にしても、進化速度にしても、分子時計にしても、全て便利で使いやすいように、現状をざっくりと把握しやすいように仮定を立てて数値化した、と考えられます。もともと、ざっくり把握するために「仮定」を置いているということを忘れて、公式のごとく使用するのは本末転倒だと思います。(1988 蘆原さん)

 「そのように定義して計算すればそうなる」というだけだったり、「ある前提条件の範囲内で実証されたこと」を拡大適用するのは禁物でしょう。

林 茂生(国立遺伝学研究所系統生物研究センター)「進化発生学の光と闇」に以下のような一説がある。

>「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉に代表されるように進化の問題は発生学開明の当初から研究者の視野にあった。しかし実験発生学が隆盛を極めるにつれて進化の問題は実証的な証明が困難な事から研究の対象としては度外視されるようになってきた。

>私が大学院生であった1980年代の前半、正統的(?)発生学を修めた私の恩師が主宰する研究室では進化研究に目を向けることは御法度とされていた。駆け出しの大学院生がわずかな物証を想像でつなぎ合わせてセオリーを作り出すようなアブナイ道に走ってはならない、という至極もっともな親心からの配慮である。

 実証にかかわる二つの忠告には留意すべきですね。
進化を実証として再現することは不可能であり、実験や検証で明らかに出来るのは、人工的な擬似現実(それはもはや現実ではない)における極めて一面的、部分的な「事実」でしかない。
厳密にいえば、無数の要因が有機的に連関している現実から切り離された非現実空間における「事実」はもはや事実とは言えない、ということを忘れてはいけません。あえて言うなら、特殊限定事実 とでもいうべきでしょう。

 それを忘れて、安易な仮説を僅かな実験や検証でセオリーとして拡大し固定するのは、科学者の欺瞞的な危なさでしょう。まして、「再現・検証できないものは、一切、認めない 」などと言い出すに至っては、ほとんど犯罪行為ではないでしょうか。

 
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