2006年10月21日
二酸化炭素による温暖化って本当? 第1回
二酸化炭素による地球温暖化が大問題とされ、京都議定書で排出量制限まで示された。しかし、もう100年以上も垂れ流してきた、工業生産による二酸化炭素を、これから数パーセント削減してなんか意味があるのだろうか?
しかし、工業生産が生み出す人工物質をはじめとした、様々な問題は確実に環境や人体を蝕みつづけている。本当の問題はどこにあるのだろうか?これらを探る旅に出てみよう。
以下の記載は『温暖化は憂うべきことだろうか 近藤邦明著 不知火書房』から引用した。この問題への入り口として、以下の内容を一読してみよう。
NHKスペシャル「気候大異変」2006年2月18日と19日に、日本の誇る地球シミュレータ-という超大型コンピュータによる気候予測をもとにした“NHKスペシャル「気候大異変」”というテレビ番組が放送されました。番組は、京都議定書が遵守された場合の100年後の地球の気候を予測した結果を元に構成されていました。
地球シミュレータ-の予測によると、大気中の二酸化炭素濃度は700ppm程度になり、平均気温では2~4℃程度上昇し、これによって各地に甚大な被害をもたらす自然災害が多発し、アマゾン流域も砂漠化する・・・・・・などの例を挙げながら、地球環境に危機的な影響が起こると警告していました。
ところで、古気候の研究からは、古代文明が栄えた6000年ほど前の気候は現代よりも2~4℃程度高かったとされています。この時期には温暖で湿潤な穏やかな気候によって世界各地で農業生産が活発化し、その豊かな生産力に支えられて文明が発達したと考えられています。
古代文明が栄えた6000年前と地球シミュレータ-が描き出す100年後は、いずれも平均気温で現在より2~4℃程度高いとされていますが、その気候の様相は正反対す。このことは何を意味しているのでしょうか。
自然科学において最も重要視されるのは、実際起きている現象(過去の歴史的事実を含めて)です。実際に起きた現象より数値実験の結果が正しいなどということは、あり得ません。自然科学の方法論(現象を機能的に理科し、現象と矛盾しない論理を組み立てる)に従えば、実際に起きた現象こそ自然科学的に合理的な結果なのです。
近藤氏は『環境問題』を考えるというサイトも立上げておられ、るいネットの注目サイト&ブログにも選ばれている。
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『工業生産による二酸化炭素の増加により、地球は温暖化し、このままでは人類は大きな危機に陥る。』というのが、今の世界的なコンセンサスだ。ところが、現象を自然科学的な視点で追求していくと、矛盾だらけで、それはとても信頼でき論理ではではない。
これは、別の正しい答えがあって、それとは違うという理由からではない。現在行われている、温暖化シミュレーションは、スーパーコンピュータを使った『計算』だけは正しいが、現実がどうなるかについてはほとんど信憑性がない。これは、今の人類の力では満足なシミュレーションのできる状況ではないという意味だ。
素直に考えると、世界各地での、複雑な海や陸や空での循環現象が多くの科学者によって観測され、それが論理化されてはじめて、気候全般のシミュレーションに入れる。しかし、気候シミュレーション技術の開発は、1950年代に始まるが、それに必要な、海洋循環や大気循環の調査は、未だに一部地域の一部の現実しかわかっていない状況だ。
つまり、テレビゲームのように画面の中では、正確に作動しているが、現実世界とのつながりは、きわめて希薄であるということだ。そして、もっと普遍的な現実である、過去の歴史との整合性もない。
だからといって、工業生産をこのままにしておいてよいという問題ではない。たとえ、二酸化炭素による地球温暖化という仮説を前提にするにしても、この大量生産大量消費を変えてしまうなど、考えうる施策はほかにいくらでもある。
にもかかわらず、工業生産や金融市場を前提にした制度に恣意的に収斂させていることが一番の問題である。 本来は、工業生産やその基盤条件となっている市場の問題に入ることによってしか、環境問題は解決しない。
この視点に立って、二酸化炭素による地球温暖化という仮説の矛盾点を明らかにし、来る新しい社会の見通しを立てていこうというサイトが、近藤氏のこのサイトである。
地球温暖化仮説に対する批判書やサイトは、単にCO2は温暖化の原因ではないと主張するだけで、暗に現状の工業生産や市場社会を肯定視しているものが多くある。そのような状況のなか、近藤氏やその協同者の真摯な姿勢に共感する。
これらの認識を広めていくためにも、膨大な数になる記事の主要ポイントを、シリーズに分けて紹介していきたいと思う。回を経るたびに問題の本質が露になるだろう。
By Honda
- by sinsin
- at 23:07

comments
二酸化炭素排出による温暖化問題は、本質の問題をごまかす(すりかえる)ためではないのだろうか?
①二酸化炭素が決定的な要因であるという事実根拠が薄い。(異常気象はあちこちで起こっているが。)
②CO2削減は、アメリカは抜けたが、その他の先進国では対処方法が見えてきている。
③>古気候の研究からは、古代文明が栄えた6000年ほど前の気候は現代よりも2~4℃程度高かったとされています。<・・・人類にとってかつて乗り越えてきた気候条件である。
本丸は、人工物質の排出問題で、かつて人類が経験したことの無い環境下にいる。
正常化させる(自然の摂理の範疇に戻す)手立てがない。
二酸化炭素排出による温暖化問題は、
このことを隠すための隠れ蓑ではないか?
と思う。
>本丸は、人工物質の排出問題で、かつて人類が経験したことの無い環境下にいる。
正常化させる(自然の摂理の範疇に戻す)手立てがない。
>二酸化炭素排出による温暖化問題は、
このことを隠すための隠れ蓑ではないか?
と思う。
にししんさんのコメントにとおり、この問題はいまの市場拡大第一主義がおこす問題の隠れ蓑になっていると思います。
この対策のための新技術開発により、さらに市場は拡大し、国家の赤字は増えています。また、排出権取引という新しい金融市場も拡大しました。
この辺を、もう少し追求していきたいですね。
>自然科学の方法論(現象を機能的に理科し、現象と矛盾しない論理を組み立てる)に従えば、実際に起きた現象こそ自然科学的に合理的な結果なのです。
この視点は科学思考の原点でありとても重要ですね。
大量生産・大量廃棄の最たるものが、化石燃料の消費です。
日本の産業廃棄物の排出量は年4億トン程度と言われていますが、大気中にゴミとして捨てているCO2の量は12~14億トンとかの数字でしょうから、大気というゴミ捨て場の容量が果たして余裕があるのかどうか、が問われているということでしょう。
近藤氏や槌田氏説が主張しているように、仮に海洋がCO2の排出源となっているのなら、なおさらこのゴミ捨て場問題は深刻になる、というのが現実です。
自然を循環しない地下資源などの廃棄物は問題です。特に、放射性核廃棄物。
しかし、CO2は十分に自然を循環します。CO2がゴミなら、H2Oもゴミになるのでしょうか?。どちらも植物にとっては大切な2大栄養です。分子構造も似ています。どちらも毒性はありません。そして、どちらも温室効果もあります。(笑)
CO2が産業廃棄物だという発想はかなりずれた感覚でしょう。
確かにCO2が増えすぎれば大変ですが、その適切量の根拠がシミュレーションでは本末転倒でしょう。
化石燃料の浪費もよくありませんが、やはり化石燃料を燃やしたときの悪玉は、CO2よりは、NOxやSOxではないでしょうか?
「2007年07月28日」の「世界の年平均気温平年差」は、良く見かける典型的なグラフで、±0.5℃の山で、100年以上にわたってとってあって、0,1~2℃の青色の棒グラフになっています。
http://www.ihe.pref.miyagi.jp/~jyouhou/ClimateChange/Globe.htm
http://jccca.org/_old/education/datasheet/01/data0101.html
他にも同じようなもので、良く出てくるものに、1000年前から2000年まで1000年間のもの,山で±0.5℃、0,1~2℃のグラフがあります。最近140年間が温度計、それ以外が年輪、珊瑚、氷床データと説明があります。(IPCC 第三次報告書第一作業部会報告)
1000年間計り続けたように細かくギザギザのグラフが書かれているのです。
先ず何で、一本のグラフで繋がってしまうか疑わしいだけでなく、1千年間の温度が精密計器で実測したかのように0.何度というグラフで、しかも1000年間殆ど変わらず、しかも20世紀になって0,6℃の上昇というグラフに、どれほどの信頼性があるのでしょうか。
ガラス温度計の精度は、刻まれた最小目盛りの±2目盛り以内です。(JIS)
1目盛り1℃なら2℃、0.5℃なら1℃です。0.2℃で0.4℃です。
一般に、ガラス温度計の許容誤差は0.3℃(0.3℃までは、誤差としてしょうがない。)ですから、0.5℃などは今でもまったく誤差の範囲なのです。
こうした類のデータは、本当に測ったのか作り物か知らないが、その算出方法は?とあるように、常識的にまったく意味のないもので、そんな「温暖化」は疑わしい。最初に温暖化有りきでは科学の名に値するものではありません。
すみません、ミスで何回も同じものがでてしまいました。ごめんなさい。
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