2007年05月01日
ダイオキシンって危険なの?(5) 法案は成立は筋書き通り!?
しかし、単に政治力や業界の力だけで成立することはありません。国民の社会不安を顕在化させる必要があったのです。では、そのような社会不安、意識をどのように形成していったのでしょうか。今回は政治とマスコミの関係から『ダイオキシン法の誕生』に迫ってみたいと思います。
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1999年2月1日夜、テレビ朝日「ニュースステーション」が「所沢産ホウレンソウに高濃度のダイオキシンを検出!」と報じ、世間の大きな話題となります。
そして、その4日後、テレビ報道を一大事とみたかのように、農林水産省と厚生省、環境庁が「ダイオキシン対策連絡会議」をつくります。
テレビ報道の5日前の1月27日には、公明党が「ダイオキシン類対策特別措置法案」を国会に提出しており、テレビ朝日の報道はタイムリーであったと云えます。
この間の主な出来事を以下にまとめます。
| 日付 | 出来事 |
| 公明党が「ダイオキシン類対策特別措置法案」を国会に提出 | |
| 2月 1日 | テレビ朝日の「高濃度ダイオキシン検出!」報道 |
| 2月 5日 | 農林水産省と厚生省、環境庁が「ダイオキシン対策連絡会議」設置 |
| 2月17日 | 「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」が 関係省庁・官邸・閣僚に「ダイオキシン類緊急対策第一次提言」を提出 |
| 同 日 | 民主党が「ダイオキシン類汚染対策緊急措置法案」を提出 | 同 日 | 超党派の国会議員およそ200名が 「環境ホルモン・ダイオキシン問題にとりくむ議員連盟」つくる |
| 「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」は98年9月に生まれ、 ダイオキシン研究者の摂南大学・宮田秀明氏、九州大学・長山淳哉氏、 著名な作家・大学教授など50名が発起人となり、ダイオキシン研究の 草分けだった立川涼氏(現;愛媛県環境創造センター所長)が代表を 務める反ダイオキシン運動の総本山的な組織であった。 |
このようにして、なだれ打つように政府筋の動きが起こり、5か月後の立法へと向かっていきます。
【なんらかの筋書きが見え隠れする…】
第1に、公明党の法案提出とテレビ朝日の報道のタイミングがよかったこと、そして「国民会議」と民主党が同じ日に法案を提出したことやその法案が仕上がるまでに2週間程度しか要していないことからも、案は前々から練られてあり、提出時期を待っていた可能性が高いのではないだろうか。
第2に、「国民会議」と両党がそっくりな「特別」または「緊急」対策法案を提出している点である。
「特別措置」法とは…市民運動家や彼らを支えた研究者、さらには「国民会議」までものが、「ダイオキシンによる大きな被害が既に出ている!」と叫んできたのに、なぜ、上段のような特別措置法になってしまうのか?という疑問が残ります。
科学知見が十分でないため環境基本法にもとづく立法はできないが、大きな社会問題になったことを重視し、予防原則の立場でつくった特例的な法律
つまり、事前の打合せがあったかこそ、同じような法案名になったのではないだろうか?ということです…。
第3は、報道の中身の問題です。検出されたダイオキシン濃度は「危険レベル」ではなく、摂取しても実害が出るようなものではなかったという点です(食品のダイオキシンが心配なら野菜などよりは魚や肉を分析する方がより明確になります)。
なお、番組に出てコメントをしていた民間企業・総合環境研究所の所長は後日、風評被害を受けた所沢農民から告訴されます。
以上のようになんらかの筋書きがあったように思えてきます。
【マスコミ報道という共通マニュアル】
ダイオキシン法はじつはそれなりに長い「前史」(次回扱う予定です)を持っており、どうやら15年以上をかけた産・官・学の共闘のゴールであり、1999年1月27日から20日間程度で起こったことは臨界現象であったと思われます。
委員会の設置もガイドライン策定も、ほぼ例外なく直前にマスコミ報道があり、「騒ぎを受けてやむなくつくった」という形をとっており、最終の立法化も例外ではありません。
テレビ朝日の報道がなければ、ダイオキシン法の成立はなかったか、少なくとももっと遅くなったり、考え直す時間もあったと思われます。
ダイオキシン法制定の大きな特徴として、市民運動家が議員や政党と連携し、かつての環境問題とは違った展開が挙げられますが、これこそが巧妙な筋書きであった可能性が高いのではないのでしょうか。
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自然の摂理からすれば、誤った認識や主張などはいずれ淘汰され消えていきますが、社会的現実の中では「事実」ではなくても、大勢が口をそろえると「真実」になってしまうことが往々にしてあり、その一翼を担っているのがマスコミ報道であるといえます。
日本のダイオキシン問題も、概ねこの社会的現実の世界を歩んできたように思われます。
テレビ朝日と所沢農家は和解が成立しましたが、テレビ朝日の報道はダイオキシン特別措置法を通すための捏造じみたものであったことには間違いありません(下記の参考サイトもご確認ください)。
しかし、裁判においては報道の謀議性は明らかにされることなく、ダイオキシン特別措置法は残り続けています。そして、業界は利益を得て、我々は負担を課されることとなります。
<参考文献>
・ダイオキシン(神話の終焉)/渡辺正、林俊郎/日本評論社
<参考サイト>
・所沢ダイオキシン野菜騒動 その2
・久米さん陳謝、3.80pg/gは煎茶だった
・【毎日新聞・書評】 渡辺正、林俊郎・著『ダイオキシン 神話の終焉』
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- by yoriya
- at 20:45


comments
びっくりです、ダイオキシンがそんなに問題ないなんて。
聞けば、焼き鳥焼いても、新聞紙に塩かけて焼いても、プラスチィック同等のダイオキシンがでると言うじゃないですか。
太古の昔からダイオキシンは私たちの身の回りにあって、ちゃんとそこに適応した体になっているようです。
しかし、こんな捏造記事を書かれた所沢農家はたまったもんではない。朝日の捏造は許せんです。
「ダイオキシンって危険なの?」シリーズ、わかりやすかったです。
それにしても、最近世間で、×××問題っていろいろ騒がれてますが、「それが本当に問題なのかどうか」ってところから追求していかないといけないのですね。
素直に捉えると逆に本質が見えなくなる。ちょっと斜に構えてちょうどいいのかもしれない。
誰がこんなにややこしい世の中を作り上げているのだろうか?
利権を貪る人たちか?それともマスコミか?
純粋に「環境問題」と呼べるものって、ほんの一部ではないか、と思う今日この頃です。
>nannokiさん
確かに、ダイオキシンは大昔から身近なものとしてあったようですが、問題の本質はそこではないような気がしています。
これまでのダイオキシン対策をみれば、業界の利益を第一に考えた結果であるとも云え、財政界・政界の市場第一主義の結果であったと思われますが、本質はその前提を成す今の生活水準を落としたくない=過剰消費の現状を善しとしているところにあるように思います。
この当りを考えていくためにも、もう少しダイオキシン歴史や現状を調べてみる必要があると思っています。
>nannokiさん、磯貝朋広さん
訴訟の結果からするば、捏造でないという結果になっています。
しかし、公共性の高いマスコミにおいては、客観性や中立性が強く求められているはずです。この視点で捉えるならば極めてクロに近い(何らかの力が働いていた?)と思えてしまいます。
マスコミ報道の怖さは、内容の是非によらず大衆の観念を支配してしまう事にあります。
問題の本質を見極めるにはもうマスコミでは無理で、マスコミに変わる事実追求機関が必要なように思われます。
>磯貝朋広さん
実際、環境問題は深刻化していると思われますが、全ての対策が問題の本質の改善ではなく、上辺を取り繕うだけの市場主義に劣化していることにあると思います。
そのような本質問題を追求していきたいと思います。