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   <title>自然の摂理から環境を考える</title>
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   <updated>2012-02-08T12:47:48Z</updated>
   <subtitle>人工物質が環境を破壊し、肉体をも破壊していく。原因は市場拡大。自然の摂理に立脚した社会のあり方を、みんなで考えていきましょう。</subtitle>
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   <title>風がふくのはなんで？（4）～貿易風や偏西風が生まれる構造～</title>
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   <published>2012-02-08T12:21:03Z</published>
   <updated>2012-02-08T12:47:48Z</updated>
   
   <summary>前回の記事では、日本を取り巻く2つの気団（揚子江気団、オホーツク気団）の形成を左右する要因として、ヒマラヤ山脈と偏西風に着目しながら追求を試みました。 もっとも日本の季節風と日本を取り巻く気団群の影響は不可分の関係ですが、中でも気団の構成に大きな影響を与えている要素が「偏西風」である、という点が明確になったのではないかと思います。 ここで今一度、偏西風とは何か？ざっとおさらいしてみたいと思います。 偏西風と呼ばれるのは、赤道上で暖められて北上した空気が温帯付近で急降下する際に、コリオリの力を受けることで、西向きに針路を歪められるからです。 風がふくのはなんで？（３）～日本の四季に影響を与えているヒマラヤ山脈と偏西風より引用 引用文より、偏西風は地球規模の大気の大循環によって生じていることが理解できます。 偏西風は超上空では時速数百キロの速度を誇るジェット気流に姿を変えていることは過去に取り上げましたが、このような偏西風や、或いは貿易風といった地球規模の「風」は一体どのような原理で生じているのか？ 今回記事では地球規模の風の特性について追求していきたいと思います。 続きはポチッとご協力をお願いします。 :m034:  :m034:  　...</summary>
   <author>
      <name>wabisawa</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[前回の記事では、日本を取り巻く2つの気団（揚子江気団、オホーツク気団）の形成を左右する要因として、ヒマラヤ山脈と偏西風に着目しながら追求を試みました。
もっとも日本の季節風と日本を取り巻く気団群の影響は不可分の関係ですが、中でも気団の構成に大きな影響を与えている要素が「偏西風」である、という点が明確になったのではないかと思います。


ここで今一度、偏西風とは何か？ざっとおさらいしてみたいと思います。


<blockquote>偏西風と呼ばれるのは、赤道上で暖められて北上した空気が温帯付近で急降下する際に、コリオリの力を受けることで、西向きに針路を歪められるからです。</blockquote>

<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/11/000989.html">風がふくのはなんで？（３）～日本の四季に影響を与えているヒマラヤ山脈と偏西風</a>より引用

引用文より、偏西風は地球規模の大気の大循環によって生じていることが理解できます。
偏西風は超上空では時速数百キロの速度を誇るジェット気流に姿を変えていることは過去に取り上げましたが、このような偏西風や、或いは貿易風といった地球規模の「風」は一体どのような原理で生じているのか？
今回記事では地球規模の風の特性について追求していきたいと思います。


続きはポチッとご協力をお願いします。 :m034:  :m034: 

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      <![CDATA[◆偏西風や貿易風を生む大気の大循環


地球は赤道上では暑く、緯度を上げるに従って寒くなっていきます。
エリアによる寒暖差で気圧差が生じ、年間を通じて特徴のある風（偏西風や貿易風）が生まれます。


下記の図は地球規模の日射量の差を表しています。


<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%97%A5%E5%B0%84%E9%87%8F%E5%88%86%E5%B8%83.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%97%A5%E5%B0%84%E9%87%8F%E5%88%86%E5%B8%83.html','popup','width=444,height=231,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%97%A5%E5%B0%84%E9%87%8F%E5%88%86%E5%B8%83-thumb.jpg" width="444" height="231" alt="" /></a>

<span style="font-size:70%;">図は<a href="http://blog.miraikan.jst.go.jp/event/201109045911">こちら</a>からお借りしました。</span>


では、なぜ同じ地球上でもエリアによって寒暖差が発生するのでしょうか？

下記の図を参照下さい。


<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%80%80%E6%97%A5%E5%B0%84%E9%87%8F1.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%80%80%E6%97%A5%E5%B0%84%E9%87%8F1.html','popup','width=444,height=308,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%80%80%E6%97%A5%E5%B0%84%E9%87%8F-thumb.JPG" width="444" height="308" alt="" /></a>


理由は2つあります。
1つ目は、地球が球体のため、単位面積当りの日射量に差が生じることです。
赤道付近では太陽からの日射をほぼ直角に受けるのに対し、高緯度の地域では広い面積で日射を受けます。
広い面積で受けると、その分単位面積当りの日射量が減り、気温が低下します。


2つ目は、大気を通過する距離の長短の差です。
赤道付近では大気中を通過する日射の距離が短いのに対して、高緯度の地域では長くなります。
大気中は水蒸気を始めとする様々な成分で構成されていますので、距離が長いとその分、散乱されたり吸収されるエネルギーが多くなってしまうことが原因です。


これら日射とエリアの寒暖差が、地球規模の大気の大循環を生む原因です。
では、貿易風や偏西風といった風は、どのような構造で発生しているのでしょうか？


前述した地球のエリアによる気温の差だけで考えると、赤道で温められた空気が上昇することによって冷やされて重くなり、極地方に下りてきて循環するのでは？という1つの大きな循環イメージを抱いてしまいそうなものです。
しかし、実際は北半球、南半球それぞれで「3つの大循環」が起こっています。


なぜ1つの大循環ではなく、3つにも分かれるのか？
海洋で上昇した空気の動きをイメージすると、理由が明確になります。
1つ目の理由は、先ほど扱ったように熱によって上昇した空気が冷やされると密度を増して（重くなって）下降せざるを得ないこと。
次に重要な点は、上昇した空気が北へ向かうに従って、「コリオリの力」を受けるが故に、北半球では西向きに針路を変えられて、北上する距離に限界が生じることです。


上記2点の理由により、例えば赤道上で上昇した空気は冷やされて、コリオリの力も受けながら、北緯30度付近に下降せざるを得ない状況が生じます。


詳しくは後述しますが、極付近でも北緯60度付近でも海洋で空気が上昇し、極付近で下降気流になるような循環が存在します。
そして赤道付近の循環と極付近の循環との間には、それらの影響を受けた大気循環があり、合計3つの循環が
存在しているのです。


この3つの大循環によって、貿易風や偏西風が生まれることが分かっています。


具体的に下記の図を参照にしつつ、迫ってみます。


<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%A4%A7%E6%B0%97%E5%A4%A7%E5%BE%AA%E7%92%B0.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%A4%A7%E6%B0%97%E5%A4%A7%E5%BE%AA%E7%92%B0.html','popup','width=325,height=298,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%A4%A7%E6%B0%97%E5%A4%A7%E5%BE%AA%E7%92%B0-thumb.jpg" width="325" height="298" alt="" /></a>



最も日射量の多い赤道付近で暖められた空気は上昇気流となって上空に向かい、南北方向に分かれます。
北に向かった気流はコリオリの力を受けながら、次第に右側にそれて行きます。
この間の気流は上空に行くに従って冷やされることによって重くなり、コリオリの力で進路を西向きに変えられて、凡そ北緯30度付近に達すると、一部は下降して地表に戻ります。
地表に戻った気流は、近辺の空気密度を上昇させることで、「中緯度高気圧帯」を作ります。


次に中緯度高圧帯から赤道の低気圧に向かって気流が吹き出し、コリオリの力を受て南西に針路を変えていきます。
この地表付近の北東の風を「貿易風」と呼び、一連の大気の循環を「ハドレー循環」と呼んでいます。


貿易風は恒常的に吹く風のため、船の航行に利用されています。
特に帆船中心の大後悔時代には、風の影響をダイレクトに受けるため重宝がられていました。
<a href="http://www.bioweather.net/column/weather/contents/mame037.htm">※貿易風を利用して大西洋横断に成功したコロンブスの事例</a>


ハドレー循環によって生じる貿易風は、開けた海洋では一年中ほとんど同じ風向きで吹いています。
しかし、陸地に近い所やインド洋北部では陸地との比熱の差によって生じる季節風の影響力が大きいため、必ずしも一定ではありません。


ハドレー循環と同じような構造が、極付近にも存在します。
北緯60度付近からは、極付近と比較して相対的に暖かい空気が上昇し、北極付近で冷やされ下降する形で循環が形成されています。
それを「極循環」と呼びます。


極付近で地表に戻った気流は、近辺の空気密度を上昇させることで、「極高圧帯」を作ります。
そこから北緯60度付近の低気圧に向かって気流が生じ、コリオリの力を受けて南西に針路を変えます。
この北東の風を「極偏東風」と呼んでいます。


次にハドレー循環と極循環の間の日本を含む中緯度帯に、もう一つ「フェレル循環」と呼ばれる循環があります。
この循環の特徴は、ハドレー循環や極循環のように地表が直接日射を受けて引き起こされる循環ではなく、ハドレー循環と極循環によって生じた気圧帯が生み出す構造のため、両者の影響を多分に受ける循環になっています。
ハドレー循環によって北緯30度付近に生じた中緯度高圧帯と、北緯60度付近の高緯度低圧帯によって地表付近には気圧差が発生。そこから気流が生じ、北半球ではコリオリの力を受けて西向きに針路を取る「偏西風」が生じます。


偏西風は西向きの特徴を持ちつつ、もう一つ重要な点があります。
それは、地球の自転による影響を受けて、大きく南北に蛇行している点です。


最近ではこの偏西風の蛇行が、南北の熱輸送に多大な影響を与えると共に、地球規模の気象にも大きな影響を与えていることが分かっています。


では、なぜ偏西風は蛇行するのか？その影響はいかほどに？


この辺りを次回記事にて迫ってみたいと思います。
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   <title>【地震のメカニズム】６．地球内部の物質循環に着目したプレートダイナミクス（大陸動力学）理論</title>
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   <published>2012-02-06T14:49:28Z</published>
   <updated>2012-02-06T12:55:13Z</updated>
   
   <summary> 前回の記事（12月4日）からずいぶん間があいてしまいましたが、【地震のメカニズム】を考えるシリーズを再開したいとおもいます。 前回の記事は、「プレートテクトニクスによる地震動の発生メカニズム」というタイトルで、プレートテクトニクス（大陸移動）理論の紹介をしました。 この理論は現在の地震学の基礎となっており、理論そのものも塗り重ねられ、新たな調査結果や仮説を組み合わせながらプレートが移動するメカニズムの解明がすすんでいます。 本日紹介する記事は、 巽　好幸氏は発表した 「地球内部のダイナミクスと環境大変動」 という論文で、地球内部のメカニズムを解明しようとするものです。 内容的にはプレートテクトニクス（プレートの水平移動）とプルームテクトニクス（地球の中心から表面に向かう垂直移動）を組み合わせ、熱の移動に着目した最新の論文です。 添付してある手書きの図解と見比べながら本文を読んでみてください。        ...</summary>
   <author>
      <name>chai-nom</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/2r%E5%9B%B3%E8%A7%A3.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/2r%E5%9B%B3%E8%A7%A3.html','popup','width=1280,height=904,scrollbars=yes,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/2r%E5%9B%B3%E8%A7%A3-thumb.jpg" width="450" height="317" alt="" /></a>
<br>
前回の記事（12月4日）からずいぶん間があいてしまいましたが、【地震のメカニズム】を考えるシリーズを再開したいとおもいます。
<br>
前回の記事は、「プレートテクトニクスによる地震動の発生メカニズム」というタイトルで、プレートテクトニクス（大陸移動）理論の紹介をしました。

この理論は現在の地震学の基礎となっており、理論そのものも塗り重ねられ、新たな調査結果や仮説を組み合わせながらプレートが移動するメカニズムの解明がすすんでいます。

本日紹介する記事は、 巽　好幸氏は発表した<a href="http://docsrv.godac.jp/MSV2_DATA/12/be110_hyoushi.pdf"> 「地球内部のダイナミクスと環境大変動」</a>
という論文で、地球内部のメカニズムを解明しようとするものです。
<img alt="tatumi2.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/tatumi2.jpg" width="125" height="150" />
<br>
内容的にはプレートテクトニクス（プレートの水平移動）とプルームテクトニクス（地球の中心から表面に向かう垂直移動）を組み合わせ、熱の移動に着目した最新の論文です。

添付してある手書きの図解と見比べながら本文を読んでみてください。


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]]>
      <![CDATA[<span style="color:#ff3300;">●地球の内部構造</span>
そもそも地球内部はどうなっているのか？その構造はゆでたまごに例えられる。「地殻」が殻、「マントル」が白身、「核（コア）」が黄身だ。コアは液体の「外核」と固体の「内核」に分かれる。
地殻とマントルの最上部を含む厚さ約100ｋｍは、プレートとよばれる硬い岩板となっている。地球表面は数十枚のプレートで覆われており、プレートは海嶺と呼ばれる海底山脈で生まれ、移動し、海溝から地球内部へ沈みこんでいる。では沈み込んだプレートはどうなるのか？
<br>
<span style="color:#ff3300;">●プレートの沈み込み</span>
地球内部からマグマが湧き上がる海嶺でうまれたプレートは地球表面を移動する間に冷える。そして冷えて重くなることで、やがて海溝から地球内部に沈みこむ。
そもそも地球内部は、深度が深くなるほど温度と圧力が高くなる。それに伴い、深度670ｋｍ付近でマントル物質は、主にペロブスカイトという密度の高い結晶構造を持った鉱物となる。
この深度でマントルは「上部マントル」と「下部マントル」に分けられる。ただし沈み込んだプレートは、すぐにはペロブスカイトに変化できない。そのため深度670ｋｍ付近で滞留する。やがてペロブスカイトに変化した後に、マントルの底まで沈降すると考えられている。
<br>
<span style="color:#ff3300;">●大陸地殻と反大陸の生成過程</span>
このプレートの沈み込みにより、地球内部へ持ち込まれる水が注目されている。
一部の水はプレートの沈み込みとともにマントル遷移層へもちこまれ、鉱物に取り込まれている可能性があります。
その場合マントル物質の粘性が下がり、マントル対流にも大きな影響を与えていると考えられる。またプレートの沈み込みにより地球内部に持ち込まれた水は、マントルを溶けやすくしてマグマを作る。
そのマグマが地表へ上昇することで、大陸地殻と反大陸が生まれることがわかってきた。

そもそも海と陸では地殻の厚さや岩石の種類が異なる。海洋地殻は厚さ約５～７ｋｍで玄武岩などの重い岩石から成る。一方大陸地殻は約３０～６０ｋｍの厚さで、平均した化学組成は軽い安山岩である。
太陽系の天体の中で、大陸地殻が見つかっているのは地球だけで、これは地球の進化を理解する鍵を握っている。

大陸地殻は、もともと玄武岩質であった島弧地殻が、再融解することで安山岩質中部地殻（大陸地殻）をつくり、その融け残り（反大陸）をマントルへはきだすことで、島弧地殻は安山岩質の大陸地殻へと進化していく。
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%8F%8D%E5%A4%A7%E9%99%B8.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%8F%8D%E5%A4%A7%E9%99%B8.html','popup','width=736,height=822,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%8F%8D%E5%A4%A7%E9%99%B8-thumb.jpg" width="350" height="390" alt="" /></a>

<span style="font-size:70%;">（図は地球の中心で何が起こっているのか　巽好幸　幻冬舎新書　よりお借りしました）</span>


このようにして海洋地殻と堆積物の脱水分解残り滓、それに反大陸（融け残り）は地球の深部へと持ち込まれていく。
<br>
<span style="color:#ff3300;">●地球内部の物質循環</span>
マントルの底には沈み込んだプレートや反大陸が堆積していると考えられている。そこでは物質はどのような状態になっているのか。深度670ｋｍ以深ではマントル物質はペロブスカイト構造に転移する。
さらにある実験により、深度2700ｋｍに相当する温度・圧力からペロブスカイトはより密度の高い結晶構造に変化することを発見、これをポスト・ペロブスカイトと呼ぶ。

コアーマントルの境界の物質の結晶構造を再現できたことは、マントル対流を考える上で大きな意味をもつ。マントルを対流させる熱源には２種類ある。１つはマントル物質に含まれる放射性元素の崩壊による熱。もうひとつはコアからマントルへ伝わる熱だ。従来はマントル対流を引き起こす熱源のほとんどは放射性元素の崩壊によるもので、コアからの熱の影響はとても小さいと考えられてきた。
ところが最近の研究では、コアからの熱流量はかなり大きいことがわかってきた。マントルから地表へ伝わる熱流量の１/４はコアからの熱が起源だと考えられはじめている。

またコアには鉄・ニッケルのほか外核には軽元素が約１０％程度含まれている。水素・炭素・酸素・ケイ素・硫黄などと推測され、これら軽元素がマントルへ供給されマントル対流を活発化させている可能性もある。
またマントルに沈み込んだプレートや反大陸などの重い物質に軽元素が加わることでホットプルームの浮力を生み出しているとも考えられる。
こうしてコア付近にまで沈み込んだプレートや堆積物は、ホットプルームによって再び地表にリサイクルされ、地球内部の物質循環を生み出している。

 :m030:  :m030:  :m030:  :m030:  :m030:  :m030:  :m030:  :m030:  :m030: 


以上が論文の骨格です。
プレートテクトニクス・プルームテクトニクスの理論に、地球内部の物質循環（軽元素や大陸の融け残り滓）を組み合わせることで、プレート移動（水平移動）とプルーム移動（垂直移動）にダイナミクス（動力）をもたらしています。
<br>
こういった大陸移動のメカニズムに加えて、今回注目したのは地球規模での熱の移動・伝播とそれにともなう地殻の変化です。
<br>
地球では深部へ行くほど温度は上がっていく。地球の真ん中「核」と呼ばれる部分は5,000～6,000度の高温といわれている。そこから約6,400ｋｍの距離にある地表の平均温度は15度。この温度差は中心から表面に向かって段階的に低下していく。
このような温度の変化は地球断面すべてで均質ではなく、温度の高いところや低いところがあることが「地震波トモグラフィー」という最新の技術を使って発見されています。
温度の変化は地球内部の構成物（地殻やマントルなど）の物性も変化させ、構成物の膨張・収縮、比重の変化も引き起こす。
このように地球内部では、45億年の間、温度の偏在や構成物の組成の違いが複雑に組み合わさりながら全体のバランスをとってきたのではないでしょうか。


一方でこの論文で扱っている熱の移動やマントルの対流は、数億年スケールの変化に着目していますが、地震の予知・周期の予測を考える場合、もう少し短期のスケールで地球内部の動きを観測する必要があります。
この論文で扱った熱の移動が非常に大きな幹線の移動だとすれば、そこから四方八方に枝道となる熱移動の経路があるはずで、その移動経路上で地殻に変化が現れ、地震に繋がるのではないか？という推測がたてられます。


従来の地震予測の手法であるプレート移動の観測に代えて、熱の移動や熱の分布・偏在を観測することで地震予測を行おうという試みが次回紹介する「熱移送説」です。]]>
   </content>
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<entry>
   <title>【自然災害の予知シリーズ】-12-　地震の前になぜ電磁気的変化が発生するのか？</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/02/001023.html" />
   <id>tag:blog.sizen-kankyo.net,2012:/blog//1.1023</id>
   
   <published>2012-02-04T13:39:36Z</published>
   <updated>2012-02-04T13:39:25Z</updated>
   
   <summary>　これまで地震予知の可能性を、宏観現象、地電流、VHF、VLF、ULF、ラドン濃度、地表温度、と色々と見てきました。その中で、様々な電磁気的な現象があり、これらの観測に予知の可能性があることが判って来ました。地電流、VHF、VLF、ULF～これらの変化は何が原因で起こるのでしょうか？ 　今回は、これら電磁気的な現象がなぜ起こるのか？です。 ある、一つの原因に依るのか？複数の原因があるのか？ 図は　大地震に備える　さんからお借りしました。地震前の地球上のさまざまな電磁気的変化を示しています。 よろしければ励みになります、クリックお願いします。 ...</summary>
   <author>
      <name>ヒヒ</name>
      
   </author>
         <category term="D05.自然災害の予知" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[　これまで地震予知の可能性を、宏観現象、地電流、VHF、VLF、ULF、ラドン濃度、地表温度、と色々と見てきました。その中で、様々な電磁気的な現象があり、これらの観測に予知の可能性があることが判って来ました。地電流、VHF、VLF、ULF～これらの変化は何が原因で起こるのでしょうか？


　今回は、これら電磁気的な現象がなぜ起こるのか？です。
ある、一つの原因に依るのか？複数の原因があるのか？

<img alt="column-02i-1%5B1%5D.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/column-02i-1%5B1%5D.jpg" width="530" height="399" />

図は　<a href="http://jishin-info.jp/column-02/column-02i.shtml">大地震に備える</a>　さんからお借りしました。地震前の地球上のさまざまな電磁気的変化を示しています。

よろしければ励みになります、クリックお願いします。
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      <![CDATA[<strong><span style="font-size:125%;">◆ ◆ ◆ 地震の前には電気が発生する</span></strong>
<br>
　今まで観測されているものは、以下のような現象でした。

 ◇地電流のノイズ（ＳＥＳ）　：VAN法で実際に計測されている

　<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/11/000986.html">【自然災害の予知シリーズ】６　ギリシャで成功している予知～ＶＡＮ（地電流ノイズによる予知）</a>


 ◇電波の乱れ＝電離層の擾乱　：電離層が擾乱することによりVHF、VLF電波が
　　　　　　　　　　　　　　　乱れることが観測されている

　<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/11/000990.html">【自然災害の予知シリーズ】-７-～VHF電波の乱れで地震を予知する～</a>
　<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/12/000992.html#more">【自然災害の予知ｼﾘｰｽﾞ】‐8 ～地震に伴い電離層は擾乱する。それによりVLF電波の伝搬異常が起こる～</a> 


◇ＵＬＦ波の観測　　　　　　：地中から直接ULF波が放出されることが観測されている

　<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/12/001003.html">【自然災害の予知シリーズ】－9～明瞭な電波異常と発生地特定のしやすさが特徴のULF観測</a>　　
<br>
<strong><span style="font-size:125%;">◆ ◆ ◆ 地電流ノイズはなぜ起こる？</span></strong>
<br>
　地電流は常時地中を流れています。これが地震の前に乱れる（ノイズ）ということなのですが、この原因についてはいくつかの説が出ていますが、最も有力な説がピエゾ効果です。


 <strong>◆石英の圧電効果</strong>
<br>
　花崗岩の中に含まれる石英同士で圧力をかけると電気（分極電荷）が発生する。ライターの火打ち石と同じ原理である。これ圧電効果（ピエゾ効果）と呼ぶ。

　岩石に圧力が加わると電流が流れるというのは、実験室でも確かめられています。その原因はいくつも出ていますが、岩石←圧力発の電流が存在するのは間違い有りません。

　しかし、この岩石←圧力発の電流で電離層まで繚乱させる力を持っているのでしょうか？


<strong> ◆地電流の大きさ</strong>
<br>
「地震は予知できる」上田誠也著 より、地電流の電位差は100ｍほどの距離で数ミリボルトということです。つまり、１ｋｍで数十ミリボルト、100ｋｍで数ボルトです。
<img alt="messe003.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/messe003.jpg" width="266" height="222" />

　地電流のノイズ＝ＳＥＳはこの岩石破壊発の電流説が可能性高いと思われます。
しかし、どうも、この数ボルトのオーダーで、大気圏上部まで影響を及ぼすようには思えません。

つまり、地球上の地震発生に伴う電気的変化を全て岩石←圧力発の電流に原因を求めるのは厳しいのではないかと考えます。


<strong><span style="font-size:125%;">◆ ◆ ◆ 大気への影響～ラドン説</span></strong>
<br>
　電離層の擾乱という現象に対して、ラドンが原因ではないか、という仮説があります。


 <strong>◆ラドンが放出され大気中で電離作用が起こる</strong>
<br>
　<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/12/001005.html">【自然災害の予知ｼﾘｰｽﾞ】-１０-地震発生前にラドン濃度が急激に上昇する。予知の確実性の高いラドン濃度測定</a>　から

<blockquote>ラドンは、マグマの上昇によって、ウランなどとも一緒に、地殻にもたらされます。マグマが冷えて固まり、花崗岩の中に気体として含まれます。岩石の風化等で花崗岩に存在するラドンガスが大気中にもたらされるので、大気中にも常に微量のラドンが存在しています。
～
ラドンガスは地殻に存在するので、地震の際に割れた地殻から発生するといわれています。</blockquote>
<img alt="%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%B3~1.GIF" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%B3~1.GIF" width="330" height="220" />

るいネット～<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=257710">地震の４つの前兆現象（断層の温度上昇、ラドンの出現、電離層の擾乱、地電流の発生）</a>から

<blockquote>→ラドンの発生により、大気圏（対流圏）の大気伝導率が変化（＝大気圏の擾乱）

→雷の発生にも変化(異常)が発生し、対地雷が減少し、雲間放電が増加する。

→雷放電によって発生したVLFパルス電磁波が、電離層を透過し磁気圏に侵入。

→磁気圏内荷電粒子と相互作用し、荷電粒子を下部電離層へ降下

→降下電子により下部電離層中に局所的な異常電離が発生（＝電離層の擾乱）

→電離層の上部に自由電子（マイナス）＋下部にイオン（プラス）がたまる

→雲の電荷状態が通常の時と反転し、雲の上部は自由電子（マイナス）＋下部はイオン（プラス）

→地上も通常と反転し、自由電子（マイナス）の密度が高まる</blockquote>


　地震時にラドンが増加するのも、ラドンが強い電離作用を持っているのも確かなことです。これが大気中でイオンを発生させ、大気中に電位差が生じる、となるわけです。
この現象は、確認された物が発表されているわけではありませんが、非常に可能性の高い仮説だと思われます。


 <strong>◆電離層を繚乱させる力を持っているか？</strong>
<br>
　確かに大気中の電位差により電離層が擾乱し、VHF、VLFが乱されるのはこれが原因かもしれません。岩石発の地電流ノイズから電離層が擾乱するという説よりも確かそうです。


<strong><span style="font-size:125%;">◆ ◆ ◆ ＵＬＦ波はなぜ地中から発生するのか？</span></strong>
<br>
　ULF波が地中から発生しているということは、ラドンによる大気の電位差が原因と言うことはないでしょう。考えられる原因に何があるか？


<strong> ◆地電流説</strong>
<br>
考えられるのはやはり、岩石←圧力発の電流があります。
しかし、多くの岩石破壊実験が行われているにもかかわらず、岩石破壊によって超長波であるＵＬＦが発生するという報告は見つかりません。

　<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/12/001003.html　">【自然災害の予知シリーズ】－9～明瞭な電波異常と発生地特定のしやすさが特徴のULF観測</a>　から


<blockquote>　ULF帯電磁放射は、先に述べた通り波長が長い。したがって、その発生には大きな発生源が必要となります。ULF帯電磁放射は岩盤がわれる際に発生されると言われています。つまり、大きな岩盤が割れるほどの大きな力がかかったときのみULF帯電磁放射が発生します。
そのため、ULF帯電磁放射は大地震の時だけ発生することが特徴です。</blockquote>

地電流のノイズ＝ＳＥＳは大地震でなくとも観測されています。ＳＥＳが直接ＵＬＦを発生させている分けではないようです。


 <strong>◆マグマ説</strong>
<br>
　地震の原因説に従来のプレートテクトニクス説ではない「熱移送説」と呼ばれているものがあります。
　<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/05/000900.html">プレートテクトニクス説のウソ⇒『新・地震のしくみ』その５～マントル内部で電子レンジ状態⇒熱の通り道ができる～</a>


この説は、前回の【自然災害の予知シリーズ】-11-　地震発生前のマグマの熱移送による「地表温度の上昇」を観測するリーモートセンシング　による、地表温度の上昇現象とも合致しています。


　もし、地震の前、地殻内部で熱いマグマによる熱膨張が地震の原因なら、そこから電磁波が発生していてもおかしくないでしょう。あるいは電磁波がそもそも高熱の原因かも知れません。


　地震に関わることは、巨大な地球全体の営みの一部です。岩石が割れた程度の影響で、電離層に影響したり、ＵＬＦが地中から放射されるものでは無く、地震が起こる原因そのものが原因なのではないでしょうか？
巨大な地殻の変動を起こしている力そのものが原因と考えた方が素直に思えます。


以下のような説があります。

るいネット　　
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=249953">4/17なんでや劇場（４）　地球内部は巨大な天然原子炉</a>
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=249954">4/17なんでや劇場（５）　マントル内部で電子レンジ状態⇒熱の通り道ができる</a>

<blockquote>地球の内部構造は、中心に半径3000ｋｍの核(内核と外核)があり、その周りを厚さ3000ｋｍのマントルが取り巻き、その外側に厚さ100ｋｍの地殻がある。外核は5000～6000度という高温でドロドロに溶けており、この熱は核分裂によって生じているというのが、現在の仮説である。
・・・

地球の外核は数十億年に亙って5000～6000度もの温度で溶けているわけだから、外核は自然分裂ではなく、原爆や原子炉と同じく超高温下で核分裂が連続して起きる連続分裂をしていると考えられる。そういう意味で、地球全体が天然の巨大な原子炉と言える。</blockquote>

<blockquote>では、マグマはどのようにして作られるのか？

その答えが、5000～6000度もの超高温の外核が発する電磁波によって作られるという仮説である。
・・・

物質の熱エネルギーが波動の運動エネルギーに転換する。これが電磁波であるが、冷たい岩盤ほど電磁波の反射率が大きいと考えられる。
・・・

このような配置条件を充たす場所、すなわち、冷たい岩盤に挟まれて電磁波が反射する、かつ、柔らかく溶けやすい岩石で構成された場所が熱の通り道となる。熱の通り道は外核から伝わるだけではない。電磁波の往復によって溶かされた場所からも電磁波が発せられ、玉突き的に熱が伝わってゆくと考えられる。</blockquote>

　地球の核が高温状態にあるのは、「地球生成期の熱を未だに保存しているから」というのが一般的に言われますが、46億年前からマグマを放出しながら、未だに高温というのはちょっと理解しがたいです。地球の中心部は鉄よりも重い物質が集まっていますから、ウランなどの放射性同位元素が大量にあってもおかしくないでしょう。


　その、核分裂反応が核をドロドロにしているのであり、地震の元となる電磁波を発生させていると考えるのが素直です。


<strong><span style="font-size:125%;">◆ ◆ ◆ 以上から原因は・・・？</span></strong>
<br>
　以上の内容を順序を追ってまとめると、

地球中心部の核分裂反応により、中心部が高温状態になる


→その核から強力な電磁波が発生


→電磁波の反射する場所で電子レンジ状態の所ができ、マグマ化、さらに電磁波が発生し玉突き状態で熱が伝わっていく


→地殻の近くでもマグマ化による電磁波発生（ULFも、しかし他の電磁波は地殻に阻まれ地表まで出てこない）


→熱膨張が地殻まで影響し、岩石に圧力、ピエゾ効果による地電流ノイズ発生


→岩石が割れだし、ラドンが放出され、大気に電位差発生、電離層が擾乱する


→熱膨張により地殻部分で地震が発生


という流れではないでしょうか？

<img alt="%E5%9C%B0%E7%90%83002.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%9C%B0%E7%90%83002.jpg" width="600" height="538" />

　特に、岩石への圧力のような地震前兆現象からよりも、地震の原因そのものから発生している変化に注目する方が、予知としては期待されるのだと思います。
　その意味で、これまでＶＬＦ変化に注目し研究していた早川正士氏などが、最近はＵＬＦに注目されているのは興味深い流れだと思われます。
<br>
　<a href="http://www.jana.or.jp/denko/data/17-1-2.pdf">地震に伴う電磁気現象のいろいろ　</a>]]>
   </content>
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   <title>自然の摂理ML selection☆*:・°～水の不思議☆１、２～</title>
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   <published>2012-02-03T11:36:47Z</published>
   <updated>2012-02-04T03:23:57Z</updated>
   
   <summary> 昨日、珍しく大阪にも雪が降りました :m009:  私は営業職なのですが、そのときはたまたま社内での事務 :m057: 。 吹雪いている外の様子を見て、こんなときでもお客さんの為にあちこち飛び回っている他のメンバーに、感謝 :m034: の波動を送りたくなりました :m191:  さて、毎週1回、女性メンバーから当ブログやその他サイトの「時事情報 」や「おすすめ記事 」の紹介を毎週発信しているメーリングリスト :m045:   今日も、その中からのおすすめの記事 :m062: の紹介です :m022:  応援よろしくお願いします :m020:    ...</summary>
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      <name>kawano</name>
      
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昨日、珍しく大阪にも雪が降りました :m009: 
私は営業職なのですが、そのときはたまたま社内での事務 :m057: 。
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◆水の不思議 :m208: ～１～◆

今、私は水についての勉強をしています。
江本勝さんの、<a href="http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/daiyogen40.html">「水は答えを知っている」</a>という本 :m061: を読んで、興味を持ったのがきっかけです :m034: 

水って、どこでも手に入る（昨今では飲み水は安心と引き換えにお金を払って手に入れてますが。）ものですが、でも、水がなければ人は生きていけないくらい、大切なもの。
 
透明で、無味無臭。
それそのものが、液体、気体、固体と、温度によって自由に形を変えたり、いろんな物質を溶かす力も持っています。
 
時には接着剤のように、いろんなものにくっついたり、布や繊維をつたうと、重力に逆らって上にのぼっていったりもします。
 
身体を洗ったり、もちろん体内に取り込んでも無害。
なのに、化学薬品などに触れたりするととても危険な反応を起こしたり。
 
水って本当に不思議です :m034:  

そんなことを考えていたある日、おうちでお刺身を堪能して、その日は不精して、テーブルの上に使ったお皿をそのままにしちゃった日がありました。
その翌日それを片付けようとしてびっくり！！
お皿の中に、とても綺麗な結晶が出来ていたのです！
おしょうゆを入れていたお皿です。
 
液体の状態では想像できないくらい、正方形でとても整った、綺麗な沢山の結晶の粒に感動してしまって、わざわざもう一度実験して会社の人に見せたぐらい、興味深かったのですが、会社のみんなは、
「へ～。」「ふ～～ん。」って反応でした。。。（なんでっ？！）
 
ま、ただのお塩の結晶なんだけど、少し想像すれば、当然、結晶が出来ることはわかるのだけど、しかも、この発見には、女子としては失格とも言える、不精したゆえに発見できた事象だったりするのだけども :m049: 
でもでも :m051: 
液体の状態では見えない形が、お水が蒸発したら、こんな形を見せるのなんて、不思議だし、すごい :m049: 奇跡 :m051: 神秘 :m051:  :m051: と私は思ったのです。
 
逆に言えば、<span style="color:#800080;">水って、他の物質の形を見えなくさせる、魔法みたいな力をもってるんだなぁ</span> :m208: 
なんて、その結晶を眺めながら思いました。
（私も水の中だったら、もっとびっくりするぐらい綺麗に見えてモテ期がきたりするのかな :m052: ）
 
水って、本当に不思議 :m034: 
水って本当に奥深い :m034: 

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=86153">『水の記憶』</a>

 :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218: 

◆水の不思議 :m208: ～２～◆
以前、江本勝さんの、<a href="http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/daiyogen40.html">「水は答えを知っている」</a>という本 :m061: をご紹介しました。
 
その中では、水の結晶 :m218: 実験が行われていて、水に綺麗な言葉を見せたり投げかけたりすると、その水が作り出す結晶 :m218: も美しい結晶になり、逆に汚い言葉を見せたり投げかけたりすると、結晶 :m217: の形も崩れてしまう、というものでした。
 
人間も水です。
誕生する前、受精卵の時は９９％が水。そして生まれてからは９０％。成人になっても７０％が水。
ということは、物質的にみると、人間は水なのです。
 
これを読んで、もしかしたら！！と思い立ったことがありました :m208: 
 
今まで、私の人生の中で一緒に過ごすことになる仲間にはいなかったようなキャラクターで、はじめ正直どういう風に接していいものかわからず、話しをしてても、様子を見てても、冗談半分（本気8割）「めんどくさい子。」「うっとおしい。」なんてやり取りが続いていた新人Ｓ君との関係（笑）。
 
<span style="color:#FFAE35;">『水がきれいな言葉で切れない結晶を作り出すのであれば、人に対しても、綺麗な言葉を投げかけると、その人自身も綺麗になっていくのかもしれない。』</span>とふと思い、試してみたのでした。。。
冗談だとしても、マイナスな言葉は出来る限り言わないように、そして、肯定的な言葉を投げかけるように。

そしたら、見る見るうちに、Ｓ君との関係も、良くなって。今では、毎日会えるのが楽しみでしょうがない、なくてはならない存在になりました :m208: 
相手にとっても、否定的な人とは仲良くなれないし、肯定的に見てくれる人には親近感もわくでしょうから、当然なんですけど（笑）
 
でも、それはもちろん気持ちの問題もあるでしょうが、人間が水でできていて肯定的な言葉の投げかけで、それによって体内の水がそれを記憶して心も綺麗にしていく効果があるのかもしれない！！と思ったんです。
それは、きっと、言葉をかけられた方だけじゃなく、かけた方にも、変化があるのだと思います。
 
人が変わる、というのは、捉え方など気持ちの問題が大きいですが、実はそれは体内の分子レベルから変わってるってことなのかも :m051: 
 
そしたら :m051: 
毎日、<span style="color:#ff3300;">「綺麗だね :m021: 」「かわいいよ :m022: 」</span>って行ってもらえたら、女の子はどんどんかわいく、綺麗 :m034: になっていくってことですね :m030: 
 
みんなに是非、お願いしてみよう :m049: とひそかに思っているかわのんからのお届出した :m030: 

 :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218:  :m218: 
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   </content>
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   <title>【自然災害の予知シリーズ】-11-地震発生前のマグマの熱移送による「地表温度の上昇」を観測するリモートセンシング</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001025.html" />
   <id>tag:blog.sizen-kankyo.net,2012:/blog//1.1025</id>
   
   <published>2012-01-28T04:00:06Z</published>
   <updated>2012-01-28T08:01:13Z</updated>
   
   <summary>みなさん、こんにちは :m146:  当シリーズでも「ＶＬＦ電波」「ＵＬＦ電波」「ラドン濃度」など、日本においても可能性のありそうな地震予知の方法が見えてきました。今回も引き続き、可能性探索です！ 今回は、地震発生のメカニズムから、直接的な地震観測により地震予知する手法を探索します。 電磁波やラドンといった電気・化学的反応以外で、直接地震の前兆現象を押える方法を探っていきます。そのためにも、まずは、地震の起こるメカニズムから押えていきましょう。 地震といえば、プレートテクトニクス説が定説でしたが、地球の内部の様子が明らかになるにつれて、様々な矛盾（プレート説では説明がつかない事例etc）があることが、分かってきました。 では、実際に地球内部はどうなっているのでしょうか？ （※“プレートテクトニクス説のおかしさ”については、こちらをご覧下さい。） 続きの前に、応援クリックをよろしくおねがいします :m092:  ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="D.地球のメカニズム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="D05.自然災害の予知" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[みなさん、こんにちは :m146: 
当シリーズでも「<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/12/000992.html">ＶＬＦ電波</a>」「<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/12/001003.html">ＵＬＦ電波</a>」「<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/12/001005.html">ラドン濃度</a>」など、日本においても可能性のありそうな地震予知の方法が見えてきました。今回も引き続き、可能性探索です！

<img alt="394531.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/394531.jpg" width="250" height="250" ALIGN="right"/>
今回は、<strong>地震発生のメカニズムから、直接的な地震観測により地震予知する手法</strong>を探索します。
電磁波やラドンといった電気・化学的反応以外で、直接地震の前兆現象を押える方法を探っていきます。そのためにも、まずは、<strong>地震の起こるメカニズム</strong>から押えていきましょう。
<br>
地震といえば、プレートテクトニクス説が定説でしたが、地球の内部の様子が明らかになるにつれて、様々な矛盾（プレート説では説明がつかない事例etc）があることが、分かってきました。
では、<strong><span style="color:#ff3300;">実際に地球内部はどうなっているのでしょうか？</span></strong>
（※“プレートテクトニクス説のおかしさ”については、<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/cgi/mt-search.cgi?IncludeBlogs=1&search=%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9%E8%AA%AC%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%BD">こちら</a>をご覧下さい。）
<br>
続きの前に、応援クリックをよろしくおねがいします :m092: 
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]]>
      <![CDATA[<br>
<span style="font-size:125%;"><span style="font-size:130%;"><strong>◆　◆　◆　マグマ熱と地震の関係</strong></span></span>
<blockquote><img alt="%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%88~1.BMP" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%88~1.BMP" width="200" height="240" ALIGN="left"/>

＞私たちは長い間、「地球は上から<u>地殻</u>、<u>マントル</u>、<u>地核（外核と内核）</u>に分けられ、マントルには対流がある」と教えられてきましたが、<span style="color:#ff3300;">マントルはまるで「アリの巣」のように、熱い部分と冷たい部分とが入り組んでいます</span>。 
つまり、<span style="color:#ff3300;">マントル全体にわたるような対流は起きていない</span>ことがわかります。
<br>
<br>
<img alt="%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%86%85~1.BMP" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%86%85~1.BMP" width="291" height="400" ALIGN="right"/>
右の図は、「マントルトモグラフィ」と呼ばれる地球内部の温度を示した図です。各図の右上に地表からの深さが、赤→青の色の変化は、高温→低温を表しています。


地表に近づくにつれて、赤くなった熱い部分が横へ移り、もっとも地表に近い地下50ｋｍでは、地震の多発地域である日本列島は真っ赤です。どうやら地殻の下が高温から中温であることが、地震が発生する必要条件になっているようです。


つまり、「地下の熱移送と地震の発生には関連がある」ということで、
<strong><span style="color:#ff3300;">「地下でマグマの高温化が発生」→「岩石が溶けて温度と液体圧とが上昇」→「体積膨張が発生」→「弾性変形・破壊」→「地震が発生」</span></strong>という一連のプロセスが想定できるのです。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size:75%;">るいネット<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=248043">『地震の発生メカニズム「熱移送説」の紹介(１)』</a>より
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（画像引用元：角田史雄著「地震の癖」講談社新書）</span></blockquote>

であれば、<strong><span style="color:#ff3300;">地震が起こる前兆として、地下→地表の温度が上昇</span></strong>すると考えられます。
<br>
実際に、電気通信大学の早川氏から以下の<a href="https://docs.google.com/viewer?a=v&q=cache:1T9jtrR3VCYJ:www.jana.or.jp/denko/data/17-1-2.pdf+%E5%9C%B0%E8%A1%A8%E6%B8%A9%E5%BA%A6%E3%80%80%E5%9C%B0%E9%9C%87%E4%BA%88%E7%9F%A5&hl=ja&gl=jp&pid=bl&srcid=ADGEESikCNi1D6BAlToGrXyV4OqA6HLJizpYTI5yrTdk-avi3T3MDwEGn4OhNnjDnQM3uNr-ASbNvwy-m632dDWUWG_H9SlRTe-eS5JcvhlfGVhKBgjncPm359nkwWcwg2A-sXrCtMMv&sig=AHIEtbToTbHksmdZLhrSVKq9uhtT-VBfsA">報告</a>がありました。

<blockquote>我々 NASDA グループ（Tronin を中心として）の多くの事例解析から，どうも<span style="color:#ff3300;">地震前に将来の震央近くの断層において地表面温度が数度上昇することを確認</span>している。近年米国 NASA グループも米国での地震に対して同様の事実を認めている。<br>
（『地震に伴う電磁気現象のいろいろ』より）</blockquote>

上記のような地表温度は、どうやって測っているのでしょうか？

<br>
<br>
<span style="font-size:130%;"><strong>◆　◆　◆　リモートセンシングによる地表温度の観測</strong></span>
<br>
<strong><span style="font-size:110%;">◆  リモートセンシングとは</span></strong>
リモートセンシング（遠隔感知）とは直接接触をせずに各種のセンサを用い、遠く離れた対象物の電磁波情報について収集・処理を行い、対象物又は自然現象を感知・探査する技術のことです。
下図はリモートセンシングによる情報取得の流れ図です。

 <img alt="rimosenn.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/rimosenn.JPG" width="345" height="255" />
<br>
<strong><span style="font-size:110%;">◆　地表面温度を観測する：熱赤外リモートセンシング</span></strong>
地表面からは、太陽光を反射しているだけでなく、太陽光を吸収して暖かくなった熱エネルギーと火山活動などによる熱が赤外線として放射しています。（<a href="http://www.kousou-jma.go.jp/obs_third_div/radiation.htm">下図</a>参照）

<img alt="nissha.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/nissha.JPG" width="432" height="258" />

人工衛星に、各波長帯における反射の強さや放射の強さをとらえる能力を持つセンサを搭載させておけば、その放射・反射の強さから、地表面の温度が推定できます。
しかしながら、<span style="color:#ff3300;"><strong>赤外線は雲を透過しないため、雲がないときしか地表面を観測することができません</strong></span>。
<br>
<strong><span style="font-size:110%;">◆　リモートセンシングを使った地震の観測事例</span></strong>


これから紹介する２つの事例は、地震発生後にリモートセンシングの観測結果を検証し、地震と地表温度変化の関連性を見出したものです。<br>


<strong><a href="http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:Eq_-113HyGIJ:www.geocities.jp/semsweb/anticipatingearthquakes.html+%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%9C%B0%E9%9C%87%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E7%86%B1%E8%B5%A4%E5%A4%96%E8%A1%9B%E6%98%9F%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%AE%E5%BF%9C%E7%94%A8&cd=10&hl=ja&ct=clnk&gl=jp">事例①　～インド・グジャラート地震（2001年１月26日）</a>　</strong>
<blockquote>（前略）
これらの考えのうちの１つは、赤外線(IR)放射の異常を捜すことです。Friedemann Freund(サンノゼ州立大学物理学部助教授兼NASAエイムズ研究センターの科学者)は説明します。

「1980年代と90年代に、ロシアと中国の科学者は、アジアの地震に関連したいくつかの奇妙な熱の異常に注目しました--例えば万里の長城近くで発生した1998年Zhangbeiの地震です。この地震は周辺の地表面温度が－20℃のときに起りました。中国の文献によれば、<strong><span style="color:#ff3300;">地震の直前、熱センサは６から９度もの大きな温度変化を検出</span></strong>しました。」 

宇宙からこれらのホットスポットを検出するために、赤外線カメラを搭載した衛星を利用することができました。実際、ゴダード宇宙飛行センター(GSFC)のFreundと同僚のDimitar Ouzounovが、NASAのTerra衛星によって取得された赤外線データを調べたところ、<strong><span style="color:#ff3300;">2001年1月26日のグジャラート地震の直前にインド西部の地表面温度の上昇を発見</span></strong>しました。「熱異常は＋４℃ほどもあった」とFreundは言います。
<br>
図：2001年1月6日,21日,28日のインド・グジャラート周辺地域の赤外線画像。
 クレジット：NASAのTerra衛星に搭載されたMODIS
<u> ※震源地は、白抜き○で表しています。</u>

１月６日
<img alt="1.6.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/1.6.JPG" width="400" height="355" />
 
１月２１日
<img alt="1.21.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/1.21.JPG" width="403" height="355" />
 
１月２６日
<span style="font-size:200%;"><strong><span style="color:#ff3300;">地震発生！！</span></strong>　</span>　
<br>
１月２８日
<img alt="1.28.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/1.28.JPG" width="400" height="355" /></blockquote> 

<span style="color:#ff3300;"><strong>この事例では、地震発生の５日前に震源地付近の地表温度が上昇。
そして、地震発生後は地表温度が低下し、熱が去っていくのがわかります。</strong></span>
<br>
<strong><a href="http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:N3E2rxUS-coJ:ym-j.com/p3-2.html+%E3%83%AA%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%80%80%E8%B5%A4%E5%A4%96%E7%B7%9A&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&lr=lang_ja">事例②　～トルコ・イズミット地震（1999年8月17日）　</a></strong>

<blockquote>AVHRRやMODIS等の放射計を利用した試みでは、<strong><span style="color:#ff3300;">大地震前に震源近くの断層などに沿って温度異常や赤外線放射異常が検出</span></strong>されました。

図:1999年のトルコ・イズミット地震の例
<u>※震源地を黒星★で表しています。</u>
<img alt="toruko.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/toruko.JPG" width="400" height="312" /></blockquote>

<span style="color:#ff3300;"><strong>こちらの事例では、地震発生４日前に地表温度が上昇し、２日前には沈静。
また当日に上昇し、その２日後も上昇したままになっています。</strong></span>

<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆　◆　◆　リモートセンシングによる『地表温度測定』の地震予知の可能性</strong></span>
<br>
<span style="font-size:110%;"><strong>◆　可能性</strong></span>
<strong>・地震発生前にマグマ熱が移送し、地表温度が上昇する。
・地震の短期予測（数日前）に有効。</strong>


→マグマの熱移送という<strong>直接地震に関わる現象から観測できる</strong>ので、信憑性があります。
また、事例を見る限り、地震の数日前から地表温度に変化が見られることから<strong><span style="color:#ff3300;">数日前の短期予測</span></strong>に適しています。
<br>
<span style="font-size:110%;"><strong>◆　今後の課題</strong></span>
<strong>・天候（雲）に影響される。
・場所の特定範囲が広域になる。
・事例は、熱移送がある大陸に限定されており、常にマグマの熱移送範囲にある日本で有効かは未定。</strong>





→技術的な面では、<strong>赤外線が雲を透過しないことがネック</strong>になっています。また、今の段階では<strong>震源の特定</strong>や<strong>日本での事例が見当たらない</strong>ことから、今後も事例収集が必要です。
<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆　◆　◆　リモートセンシングによる『地表温度測定』以外の地震予知</strong></span>


地震予知にあらゆる方面から国をあげて力を注いでいる中国では、こんな事例がありました。


<span style="font-size:110%;"><strong>◆　中国での実現事例</strong></span>
<blockquote>中国の研究者が、赤外線スキャナーを搭載した衛星からの画像を利用して地震の直前予知技術を発明し、「強地震短期予測衛星熱赤外線技術」という名称で日本の特許を取得しているというメールをいただきました。

衛星を利用した熱赤外線技術とは、日本の（！）「静止衛星ひまわり」などの熱赤外線画像を利用するものです。それによると、<strong>地震直前に地表温度の異常上昇が観測され、それに伴って、上空に奇妙な形の雲が発生している</strong>ということです。情報の一部を紹介します。

熱赤外線を応用し、<strong>地震を予測する時、地震の前に於いて温度上昇の異常現象がある外に、下記のような特殊な地震の前兆現象が発生する可能性</strong>がある。

1.<u>地震を孕んでいる区域の雲の層の上方に温度低下リングの現象が発生</u>する。該現象は区域性地震発生の前兆を示す。例えば、1998年1月10目、中国東部の張北一尚義でマグニチュード6・2の地震が発生した時、該区域の上空に明らかな温度低下リングの現象が発生している。

2.地震を孕んでいる区域の上空に、<u>地震発生前に奇妙な形(怪状)の雲が発生</u>する。

3.地震が内陸の高原区域で発生する時、地形の起伏が複雑であるために、地震の前兆の異常現象の観察、判断が困難である。この時、<u>渓谷等の窪地に於いて温度上昇異常</u>が出現する。これらの温度上昇区域を連結すれば、一定の応力熱線をはっきリと示すことができる。これらの応カ熱線の交差部位がすなわち将来の震源である。

以上が一部の抜粋です。（<a href="http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:s4yseH77Jw4J:www.ailab7.com/log/eqlog131-140.html+%E5%9C%B0%E8%A1%A8%E6%B8%A9%E5%BA%A6%E3%80%80%E4%B8%8A%E6%98%87%E3%80%80%E5%9C%B0%E9%9C%87%E4%BA%88%E7%9F%A5%E3%80%80%E4%BA%8B%E4%BE%8B&cd=12&hl=ja&ct=clnk&gl=jp">リンク</a>）</blockquote>

上記の事例では、<strong><span style="color:#ff3300;">地表温度だけでなく、雲の温度や形状の変化からも、地震を予知できる可能性</span></strong>があります。しかも、この方法では、<strong><span style="color:#ff3300;">雲で覆われて地表温度が観測できない場合や地形の起伏が複雑な場合にも有効</span></strong>です。また、震源地の特定においても、優れています。
<br>
これらを踏まえて考えてみると、
<span style="font-size:130%;"><strong><span style="color:#ff3300;">①晴天時は、地表温度を観測する
②曇天時は、雲の温度、形状を観測する</span></strong></span>
上記の方法で、地震予知できる可能性が十分あると考えられます。
<br>
しかしながら、日本でのリモートセンシングの地震予知に関わる事例報告は見られませんでした。（現状、災害においては、「予知」というよりも「災害時の状況把握」するための研究がされているようです。）

中国では地震の発震機構そのものは不明のままでも、地震時の不思議な現象を忠実に追求して、予知に結び付けようとしているのに対して、日本の地震学者はまず初めに、「プレートテクトニクス、弾性反発地震説」ありき、から出発しています。
学説に矛盾する現象は無視するという、反科学的態度を執っているように思えてなりません。
<strong>現象を見て、素直になんでだろう？と思い、探求するのが科学のあり方</strong>ではないでしょうか。

このあたりは、単に地震学者だけでなく、それを取り巻く政治的圧力にも理由がありそうですので、改めて投稿させていただきます。
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   </content>
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<entry>
   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』(１２)～近代科学の源流は、キリスト教の世界認識方法（中世初期）～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001022.html" />
   <id>tag:blog.sizen-kankyo.net,2012:/blog//1.1022</id>
   
   <published>2012-01-16T07:16:41Z</published>
   <updated>2012-01-18T06:40:34Z</updated>
   
   <summary> 前回記事では、“観念こそが絶対“とする近代科学の思考パラダイムが、“科学“が道を踏み外した原因であるという提起をしました。 そしてそれは、17世紀のガリレオ・フランシスベーコン・デカルト・ニュートンなど、神の権威付けのための観念的論証能力を有する知的特権階級が活躍した時代でした。 そして、彼らの新しい認識手法は、その時期より少し前に、金貸しの支援で自らの経験的手法（≒実験）を公開し注目を集めていた職人の潜在思念的手法を、知的特権階級である彼らが取り込み、観念を操り再構築することで生まれました。 【プリンキピア】　　　　　 これにより、潜在思念で対象をありのまま認識することで現実認識を塗り重ねてきた職人の世界から、観念を操り思弁的論証に長けた知的特権階級へと、自然科学に対する実権が移りました。これが観念を絶対視する近代科学のはじまりだと考えています。 そして、彼ら知的特権階級は、中世後期のキリスト教の影響を受けた大学の学者にあたります。彼らはそこで、神の存在証明のための思弁的な学問である神学を中心に観念的論証技術を磨き、その根拠としてギリシア思想の自然科学論理を都合よく改変し取り入れたのです。そして、この知的特権階級のルーツをたどると中世前期のキリスト教教父に行き着きます。 また、シリーズを重ねる中で、17世紀のガリレオ・フランシスベーコン・デカルト・ニュートンとともに近代科学が興ったのは、それまでキリスト教権力に仕えていた知的特権階級としての学者が、キリスト教を凌駕する勢力になってきた金貸しへと、宗主替えを行った結果だと考えています。これにより、キリスト教の『観念を絶対化』する世界認識方法が近代科学に受け継がれたのだと思うようになりました。 これは、近代科学が西欧キリスト教世界のみから生まれたこと、つまり、それ以外の地域では自然は人間を超越しているという世界観を受け入れ、魔術的ではあれども自然に対する超越観を残していたことで、『観念の絶対化』は行われなかった、という歴史にも符合します。 また、キリスト教的な世界認識方法の対極にあるのが、現実世界（自然）は、人間の認識能力をはるかに超えた存在として捉える、精霊信仰です。 そこにあるのは、たとえ完全に同化することは出来なくても、すこしでも近く対象に迫っていくという感覚だけで、その対象に超越性を感じるという謙虚な思考法になってきます。 これは原始人の精霊信仰と同じです。 素人が創る科学の世界～ﾌﾟﾛﾛｰｸﾞ『科学的認識はすべて仮説、その神格化が創造の壁』 これらの認識方法と、頭の中の観念だけを絶対化して、超越した自然現象をその観念により逆規定し、かつ矮小化していくという近代科学の認識方法とは180度異なります。このため、このような人類本来の本源的認識方法がどこで改変されてしまったのかも、合わせて追求していきたいと思います。 このような見通しをもとに、中世初期、中世後期、２回に分けて、キリスト教的な世界認識方法の変遷を追ってみたいと思います。その上でシリーズを通してのまとめとして、エピローグをアップとしたいと思います。 ...</summary>
   <author>
      <name>sinsin</name>
      
   </author>
         <category term="B01.科学はどこで道を誤ったのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%94%E3%82%A2%EF%BC%88%E7%B8%AE%E5%B0%8F%EF%BC%89.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%94%E3%82%A2%EF%BC%88%E7%B8%AE%E5%B0%8F%EF%BC%89.html','popup','width=500,height=643,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%94%E3%82%A2%EF%BC%88%E7%B8%AE%E5%B0%8F%EF%BC%89-thumb.jpg" width="150" height="192" alt="" /align="right"></a>
前回記事では、“<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001021.html">観念こそが絶対“とする近代科学の思考パラダイム</a>が、“科学“が道を踏み外した原因であるという提起をしました。<br>

<br>
そしてそれは、17世紀のガリレオ・フランシスベーコン・デカルト・ニュートンなど、<span style="color:#6666ff;">神の権威付けのための観念的論証能力を有する知的特権階級</span>が活躍した時代でした。<br>

<br>
そして、彼らの新しい認識手法は、その時期より少し前に、金貸しの支援で自らの経験的手法（≒実験）を公開し注目を集めていた<span style="color:#6666ff;">職人の潜在思念的手法</span>を、知的特権階級である彼らが取り込み、観念を操り再構築することで生まれました。<br>

<div align="right"><strong>【プリンキピア】　　　　　</strong></div>
これにより、潜在思念で対象をありのまま認識することで現実認識を塗り重ねてきた職人の世界から、観念を操り思弁的論証に長けた知的特権階級へと、自然科学に対する実権が移りました。これが観念を絶対視する近代科学のはじまりだと考えています。<br>

<br>
そして、彼ら知的特権階級は、中世後期のキリスト教の影響を受けた大学の学者にあたります。彼らはそこで、<span style="color:#ff3300;"><strong>神の存在証明のための思弁的な学問である神学を中心に観念的論証技術を磨き、その根拠としてギリシア思想の自然科学論理を都合よく改変し取り入れたのです</strong></span>。そして、この知的特権階級のルーツをたどると中世前期のキリスト教教父に行き着きます。<br>

<br>
また、シリーズを重ねる中で、17世紀のガリレオ・フランシスベーコン・デカルト・ニュートンとともに近代科学が興ったのは、それまで<span style="color:#6666ff;">キリスト教権力に仕えていた知的特権階級としての学者が、キリスト教を凌駕する勢力になってきた金貸しへと、宗主替えを行った結果だと考えています</span>。これにより、キリスト教の『観念を絶対化』する世界認識方法が近代科学に受け継がれたのだと思うようになりました。<br>

<br>
これは、近代科学が西欧キリスト教世界のみから生まれたこと、つまり、それ以外の地域では自然は人間を超越しているという世界観を受け入れ、魔術的ではあれども自然に対する超越観を残していたことで、『観念の絶対化』は行われなかった、という歴史にも符合します。<br>

<br>
また、キリスト教的な世界認識方法の対極にあるのが、現実世界（自然）は、人間の認識能力をはるかに超えた存在として捉える、精霊信仰です。

<blockquote>そこにあるのは、<span style="color:#ff3300;"><strong>たとえ完全に同化することは出来なくても、すこしでも近く対象に迫っていくという感覚だけで、その対象に超越性を感じるという謙虚な思考法になってきます</strong></span>。<br>

これは原始人の精霊信仰と同じです。<br>

<br>
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/07/000920.html">素人が創る科学の世界～ﾌﾟﾛﾛｰｸﾞ『科学的認識はすべて仮説、その神格化が創造の壁』</a></blockquote>

これらの認識方法と、<span style="color:#6666ff;">頭の中の観念だけを絶対化して、超越した自然現象をその観念により逆規定し、かつ矮小化していくという近代科学の認識方法とは180度異なります</span>。このため、このような人類本来の本源的認識方法がどこで改変されてしまったのかも、合わせて追求していきたいと思います。<br>

<br>
このような見通しをもとに、中世初期、中世後期、２回に分けて、キリスト教的な世界認識方法の変遷を追ってみたいと思います。その上でシリーズを通してのまとめとして、エピローグをアップとしたいと思います。<br>

<br>
<a href="http://blog.with2.net/link.php?542299" target="_blank"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/pic/banner2.gif" width="88" height="31" border="0"></a>
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<br>
]]>
      <![CDATA[<br><span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ 自然に対してだけは、肯定観・超越観を残存させていたギリシア・ローマ思想</strong></span><br>
<br>
キリスト教が中世を席巻しはじめるのはローマ時代後期にあたり、キリスト教的世界観との思想的な結節点になるのはギリシア・ローマのそれです。これらの概要は以下の記事に連載しました。<br>

<blockquote><a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/12/001014.html#more">『科学はどこで道を誤ったのか？』（３）古代ギリシアの時代～人工集団を統合するための分配の原理から数学的自然観をつくりだした古代ギリシア</a><br>

<br>
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001015.html">『科学はどこで道を誤ったのか？』（４）ヘレニズム・ローマ帝国時代～帝国の統合需要に根ざした科学技術の体系化と個人の救い欠乏発の数学の発展</a></blockquote>

その骨子をまとめると<br>
<br>
<strong>◆ ギリシア時代の思想</strong><br>

<br>
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%8E%E3%83%B3%E7%A5%9E%E6%AE%BF%EF%BC%88%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%EF%BC%89%E7%99%BD%E9%BB%92%EF%BC%921.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%8E%E3%83%B3%E7%A5%9E%E6%AE%BF%EF%BC%88%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%EF%BC%89%E7%99%BD%E9%BB%92%EF%BC%921.html','popup','width=346,height=259,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%8E%E3%83%B3%E7%A5%9E%E6%AE%BF%EF%BC%88%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%EF%BC%89%E7%99%BD%E9%BB%92%EF%BC%92-thumb.jpg" width="150" height="112" alt="" /align="right"></a>共同体が解体されて、規範をはじめとする正邪の判断を失い、力の序列原理では統制ができなくなり、法制統合のための統合観念が必要になりました。このような時代を背景にして、<span style="color:#6666ff;">『誰に命令されなくても自明であると誰もが認めるような不動の秩序の体系を自然の中にも求める』</span>という数学を中心とした<span style="color:#ff3300;"><strong>『観念的な調和の原理』</strong></span>の追求を中心価値とするギリシア思想が生まれました。<br>

<br>
<strong>◆ ローマ時代の思想</strong><br>

<br>
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A6%E3%83%A0%EF%BC%88%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%EF%BC%8912.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A6%E3%83%A0%EF%BC%88%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%EF%BC%8912.html','popup','width=472,height=331,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A6%E3%83%A0%EF%BC%88%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%EF%BC%891-thumb.jpg" width="150" height="105" alt="" /align="right"></a>個人の運命の不安感から流行した占星術と、化学的関心の高まりから生まれた錬金術が媒介となって、ギリシア時代の数学的自然観を取り込んだ占星術が爆発的に流行し、<span style="color:#6666ff;">『錬金術は父なる神に許された創造であり、その能力を得るためには惑星天の力を借りなければならない』</span>と考えられ、錬金術と占星術が結びついて、<span style="color:#ff3300;"><strong>数学的自然観を中核としたヘルメス科学</strong></span>を構成しました。<br>

<br>
<strong>◆ キリスト教に繋がるギリシア・ローマ思想の共通点</strong><br>

<br>
ギリシア時代の『観念的な調和の原理』と、ローマ時代の『魔術に近い実践思想』との距離は大きいのですが、両者には共通項があります。<br>

<br>
それは、<span style="color:#6666ff;">『世界は疑うまでも無く存在しており、はじめも終わりも無い循環的なものである。』</span>という世界観で、それは<span style="color:#ff3300;"><strong>『あるがままの世界を、そのまま受け入れる』</strong></span>という態度と、数学的な認識方法によって支えられています。これは、原始人以来の同類に対する肯定観が、共同体の解体でガタガタになりつつも、まだ自然に対してだけは肯定観・超越観を残存させていたと見ることが出来ます。<br>

<br>
例えば、ギリシアの数学的な調和は、極めて観念的で自然をすべて表しているわけではありませんが、<span style="color:#6666ff;">対象の中に観念で措定した調和の原理を『ただ受け入れる』ことで社会の秩序の維持を図ろうとしていた</span>のであって、自ら能動的に働きかけ、対象世界を支配・制御していくという意図はありません。<br>

<br>
また、ローマ時代のヘルメス文書は、それを『魔術』と捉えていること自体、人間の手の届かない超越観を自然に対して抱いていた証拠だと言えるでしょう。それは、自然の超越的な力を前提にして、魔術によりそれを引き出し現実の恩恵を得ていくという思考方法だからです。<br>

<br>
つまり両者とも、自然を超越視する精霊信仰以来の認識方法を、わずかながらも残していたのです。そして、<strong><span style="color:#ff3300;">共同体を解体されて共認非充足に陥り、新しい秩序を求める個人と集団の意識を統合する為に、自然を対象とた『数学で表される完全に調和した自然』という観念に収束していったのだと思います。</span></strong><br>
<br>
このように、自然への肯定視は残っているため<span style="color:#6666ff;">プラトンの二元論的認識も物と心が完全に分離した近代的なものにはなっていませんでした</span>。<br>

<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ アウグスティヌスを中心にキリスト教がギリシア思想を取り込んでいく</strong></span><br>
<br>
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8C%E3%82%B921.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8C%E3%82%B921.html','popup','width=216,height=293,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8C%E3%82%B92-thumb.jpg" width="150" height="203" alt="" /align="right"></a>
これらの信仰は、キリスト教から異教と呼ばれ排除されていきます。そして、ローマ帝国末期にきわめて勢力のあったこれら異教も、結局、キリスト教に打ち負かされ、ついに312年のコンスタンティヌス帝のキリスト教の承認、391年のテオドシオス帝によるその国教化によって、キリスト教の優勢は決定的になります。<br>

<br>
そして、国教化されたあとも、その支配を磐石なものにするために、<span style="color:#6666ff;">敵対的であった土着宗教を基盤にして、ギリシア思想に慣れ親しんだ異教徒の知識階級をキリスト教に取り込む必要がありました</span>。ところが、<span style="color:#ff3300;"><strong>彼ら教父は固有の自然科学論理を持たなかったため、布教のためにはギリシア思想を都合よくキリスト教的に改変していくしかなかったのです</strong></span>。<div align="right"><strong>【アウグスティヌス】　　　　　</strong></div>
その結果、ギリシア・ローマ思想は布教を担うキリスト教教父の考察の対象となり、その自然科学論理はキリスト教の信仰との関係の中で議論されていくようになります。<br>

<br>
<strong>◆ ギリシア・ローマの自然科学論理を聖書理解の補助理論として取り込んでいく</strong><br>

<br>
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/17df102774ffda3112b7890deec7ecb93.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/17df102774ffda3112b7890deec7ecb93.html','popup','width=512,height=347,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/17df102774ffda3112b7890deec7ecb9-thumb.jpg" width="150" height="101" alt="" /align="right"></a>
そして、中世初期にキリスト教思想の指導者として活躍し、ギリシア・ローマの自然科学論理をキリスト教に取り込んでいく役割を主に担ったのが、教父アウグスティヌス（354～430）です。<br>

<br>
その思想は著書『神の国』『キリスト教の教え』などに収められています。

<blockquote>アウグスティヌスは科学のための科学は否定したが、自然科学その他学問に対する彼の立場は、キリスト教徒は聖書解釈のために科学的な知識が必要な場合にはそれを所有する異教徒から借りればいいという、一種の便宜主義であった。アウグスティヌスにとって学ぶことの目的は<span style="color:#6666ff;">「聖書全巻の中に神の意思を求める」</span>ことに置かれていたのである。<br>

これはアウグスティヌスの『キリスト教の教え』の一節であるが、その第二巻は聖書学習の手引きであり、それによれば、聖書にはいろいろな地上の事物を用いた「比喩的表現」が数多く含まれていて「事物についての知識がないと比喩的な表現の意味が解らなくなる」し、「転義的かつ神秘的に述べられた箇所も多い」。そのため、聖書研究に資する限りで「異教徒の文化の積極的受容」が望ましい。<br>

<br>
<strong>※【重力と磁力の発見１　山本義隆著】より引用</strong></blockquote>

このように、<span style="color:#ff3300;"><strong>キリスト教は、異教徒であるギリシアの思想や、共同体の中で培われた生活の知恵（例えばシャーマンが行う土着医療）も含めた異教徒の科学的認識を、聖書研究の補助理論として吸収・改変・布教し、その支配を磐石なものにしていったのです</strong></span>。<br>

<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ アウグスティヌスはどのようにギリシア・ローマの世界観を改変していったのか？</strong></span><br>

<br>
しかし、ギリシア・ローマの自然科学論理をそのまま受け入れるとキリスト教の教義と対立するものがあります。この時代の教父たちは、それをキリスト教の世界観に合わせて都合よく改変してきたのです。その中心にいた<span style="color:#ff3300;"><strong>教父アウグスティヌスは、ギリシア思想を下敷きにキリスト教的解釈を加えていきます</strong></span>。そしてギリシア的世界観はプラトンとアリストテレスの思想に代表されますが、アウグスティヌスが取り入れ改変したのは、主にプラトンの思想です。<br>

<br>
<strong>◆ キリスト教的改変１：新プラトン主義はキリスト教の『神の国』を正当化する思想</strong><br>

<br>
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E7%A5%9E%E3%81%AE%E5%9B%BD%E6%8C%BF%E7%B5%B5%E3%80%8C%E5%A4%A9%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%81%A8%E4%B8%83%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%BE%8E%E5%BE%B3%E3%81%A8%E6%82%AA%E5%BE%B3%E3%82%92%E9%85%8D%E3%81%97%E3%81%9F%E5%9C%B0%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%80%8D%EF%BC%88%E7%B8%AE%E5%B0%8F%EF%BC%891.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E7%A5%9E%E3%81%AE%E5%9B%BD%E6%8C%BF%E7%B5%B5%E3%80%8C%E5%A4%A9%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%81%A8%E4%B8%83%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%BE%8E%E5%BE%B3%E3%81%A8%E6%82%AA%E5%BE%B3%E3%82%92%E9%85%8D%E3%81%97%E3%81%9F%E5%9C%B0%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%80%8D%EF%BC%88%E7%B8%AE%E5%B0%8F%EF%BC%891.html','popup','width=481,height=623,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E7%A5%9E%E3%81%AE%E5%9B%BD%E6%8C%BF%E7%B5%B5%E3%80%8C%E5%A4%A9%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%81%A8%E4%B8%83%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%BE%8E%E5%BE%B3%E3%81%A8%E6%82%AA%E5%BE%B3%E3%82%92%E9%85%8D%E3%81%97%E3%81%9F%E5%9C%B0%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%80%8D%EF%BC%88%E7%B8%AE%E5%B0%8F%EF%BC%89-thumb.jpg" width="150" height="194" alt="" /align="right"></a>
プラトンは、イデアと質料という概念を用い自然を論理化しました。それは、感覚界ではなく、理性によって捉えられる時空を超えた永遠不変のイデア界があり、現実の世界(感覚界)は、このイデア界の模像でしかないとしました。<br>

<br>
その結果、この思想は<span style="color:#6666ff;">永遠不変のイデア界と、その模像でしかない現象界(感覚界)とを峻別する二元論的世界観を持つことになります</span>。<br>

<br>
この世界観は、キリスト教にとって都合が良かったため、<br>
<br>
<div align="right"><strong>【天上の国と・・・】　　　　　</strong></div>
<blockquote><span style="color:#ff3300;"><strong>アウグスティヌスは、プラトンのイデア界と天にある神の国を同一視し、現実の自然界と人間界をその下にある邪悪な世界とみなし</strong></span>、それゆえ自然科学研究を聖書研究の下に置いた。<br>

<br>
<strong>※【重力と磁力の発見１古代中世　山本義隆著】より引用</strong></blockquote>

という改変を行っています。<br>

<br>
これを新プラトン主義と呼びますが、後述するようにギリシア思想（アリストテレスを含む）とは大きく異なります。そしてこの、現実の世界を邪悪な世界とみなすキリスト教の世界観は、

<blockquote>つまり、「天上」が「神の住まう至高の世界」と措定され、それに対して、地上と自然は「悪魔の世界」として否定された。つまり「神」や「悪魔」という正当化観念（架空観念）によって、現実（自然）は否定されたのだ。<br>

<br>
自然という現実が単に否定されただけではない。<span style="color:#ff3300;"><strong>キリスト教においては最早「自然」は現実そのものではない。「悪魔の世界」という妄想世界に摩り替えられている。原始以来人類が対象化し続けてきた自然の摂理という現実は、頭から消え去ってしまっている</strong></span>。<br>

<br>
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=171830">るいネット／キリスト教⇒近代科学における自然は「悪魔の世界」</a></blockquote>

のように、自然を超越存在としてみる本源的認識法とは正反対の、<span style="color:#ff3300;"><strong>神を頂点とした世界の序列化と、その結果としての自然に対する敵対視が、この時代の自然科学思想に取り込まれて行くのです</strong></span>。





<br>

<br>








この時、<span style="color:#6666ff;">『自然の一部としての人間』</span>から<span style="color:#6666ff;">『人間と敵対する自然』</span>という価値転換が起こり、最終的には近代科学において、自然を無機的で自動的に動くただの機械としか見ない<span style="color:#6666ff;">機械論的世界観</span>や、自然をただの物としか見ない物と心が完全に分離した<span style="color:#6666ff;">物心二元論</span>につながって行きます。<br>



<br>


<strong><span style="color:#ff3300;">この時点で、共同体の破壊から来る、仲間への肯定観の喪失に続き、自然への肯定観・超越観も失われていったのです。</span></strong>
<br>
<br>



<strong>◆ キリスト教的改変２：連続・円循環的世界観から『神の創造』にはじまる直線・進歩的世界観へ</strong><br>

<br>
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%85%89%E3%81%82%E3%82%8C.html" onclick="window.open('http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%85%89%E3%81%82%E3%82%8C.html','popup','width=531,height=378,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%85%89%E3%81%82%E3%82%8C-thumb.jpg" width="150" height="106" alt="" /align="right"></a>
ギリシア思想は、世界は初めからあったもので、連続しているという認識をしています。これは、私たち日本人の感覚とも一致し、キリスト教圏以外の多くの地域での共通の感覚です。<br>

<br>
よって、ギリシア思想のイデアや形相や質料（≒無形の構成要素）も、はじまりも終わりも無い世界を前提にした連続したものになります。<br>
<div align="right"><strong>【天使の梯子】　　　　　</strong></div>

それは、<span style="color:#6666ff;">同化対象である現実世界は、疑いようもないものであったので、世界のはじまりを考える必要すらなかったからです</span>。また、<span style="color:#6666ff;">現実の世界は一日・一ヶ月・一年と確実に循環しているため、世界は繰り返していると感じるのが自然です</span>。これらは、精霊信仰以来の認識法で、これを観念化すると、連続・循環などで表す仏教のような融通無碍なものにしかなりません。<br>

<br>
これに対してキリスト教は<span style="color:#ff3300;"><strong>『神の創造』</strong></span>を大前提にしています。しかし、はじまりのある神の創造と、はじまりも終わりも無いギリシア思想は大きく対立します。このままでは、『神の創造』の完全性に反するため、アウグスティヌスは布教のための以下のように改変に乗り出すのです。

<blockquote>１　ギリシア的な「永遠な第一質料」という考え方を否定し、これに代えて<span style="color:#ff3300;"><strong>神による「無からの創造」というキリスト教的な考え方を自然学のなかにもちこんだこと</strong></span>。（略）<br>
<br>
２ 「世界の周期的循環」というギリシア的な考え方を否定して、<span style="color:#ff3300;"><strong>世界を終末に向かう直線的な「神の摂理」の進行というキリスト教的な概念をこれに代えたこと</strong></span>。（略）<br>

<br>
<strong>※【近代科学の源流　伊藤俊太郎著】より引用</strong></blockquote>

ここで、『無からの創造』という観念と、『世界を終末に向かう直線的な「神の摂理」の進行というキリスト教的な概念』はひとつながりのものであり、あるがままの現実を捉えるという認識法とは正反対の、<span style="color:#ff3300;"><strong>それ以前の過去の歴史的現実との関係をリセットした、新たな架空の世界観を創造することに繋がります</strong></span>。<br>

<br>
この時点で、ギリシア思想やキリスト教圏以外の地域の、思想の根底に流れる、『世界をありのまま』に捉えるという本源的認識法は破棄され、<span style="color:#ff3300;"><strong>頭の中だけの観念で、都合の良い新しい世界を逆に規定していくという倒錯思考に陥ったのです</strong></span>。これこそが<span style="color:#ff3300;"><strong>『観念の絶対化』</strong></span>で、頭の中だけにしか存在しない世界が登場したのです。<br>

<br>
この世界観は、現在に至っても西欧キリスト教圏の思想の基底部にあり、<span style="color:#6666ff;">マルクスの進歩史観やビックバン宇宙論に代表される、彼ら固有の『一方向的に進歩する世界観』</span>という『連続・循環する融通無碍な世界観』とは全く逆の認識方法をとっているのです。<br>

<br>
<strong>◆ キリスト教的改変３：占星術の禁止</strong><br>

<br>
最後の改変は、「天体の運動の人間の運命への影響」というヘレニズム占星術の考え方を否定して、「人間の自由意志」を擁護したことが上げられます。アウグスティヌスが占星術を禁止した理由は表面的には以下のようになっています。

<blockquote>天界の運動が月下界の事物にある程度影響を与えることはあっても、人間の精神はそこから全くの自由であり、人間の運命はあらかじめ規定されていないとして、占星術的な決定論から自由意志を救出し、自らの行為の責任を負うものとした。<br>

<br>
<strong>※【近代科学の源流　伊藤俊太郎著】より引用</strong></blockquote>

しかし、ここで言う自由意志とは、キリストを信仰するならば天国に、しないならば地獄に落ちる、このどちらかを選択するという、キリスト教を信仰するかどうかの自由意思のことであり、個人の運命がわかるという占星術を認めるならば、キリスト教を布教する妨げになるという理由から、それを排除したのだと思います。<br>

<br>
この結果、占星術や錬金術はこのキリスト教から<span style="color:#ff3300;"><strong>異端視</strong></span>されることになります。<br>

<br>
<strong>◆ 占星術の禁止が思わぬ副産物を産む</strong><br>

<br>
占星術が禁止されると、同じヘルメス科学の錬金術も異端扱いされます。しかし、<span style="color:#6666ff;">『非現実の世界』</span>の思想であるキリスト教では<span style="color:#6666ff;">『現実の世界』</span>の力にはならないため、現実の利用価値を持った錬金術は捨て去られることは無かったのです。そのため、これらは観念世界のキリスト教教父とは全く別の世界で、職人達によって担われていくのです。<br>

<br>
そして職人たちは、自然を超えられないという本源的認識方法を残していたため、<span style="color:#6666ff;">キリスト教が切り捨ててきた経験と潜在思念による現実世界の科学的認識方法を、彼らの支配の裏で独自に発展させていくことになるのです。</span>そしてそれらは、水面下でルネッサンス期まで生き延びて、ヘルメス科学の魔術的要素を残しながら、近代科学誕生の礎の一つになっていくのです。<br>

<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ ギリシア思想を改変したキリスト教世界はどのように変質していったのか</strong></span><br>

<br>
これらの改変の結果、キリスト教世界は、

<blockquote>中世初期を通じて、宇宙論であれ博物誌であれ、自然的物事の関心はそこに<span style="color:#ff3300;"><strong>宗教的・道徳的真理のための実例を見出す</strong></span>ことであったと言ってよい面がある。ここでは、自然の探求に期待されたのは、科学の仮説の経験への適用とその一般化ではなく、むしろそこに<span style="color:#ff3300;"><strong>宗教的・道徳的事実の象徴を見出す</strong></span>ことであった。<br>

<br>
<strong>※【近代科学の源流　伊藤俊太郎著】より引用</strong></blockquote>

のように、キリスト教の指導者である教父たちは、疑いも無くまず『神』の存在を絶対化し、<span style="color:#ff3300;"><strong>絶対化した『神』という観念側から対象世界を理解するという、倒錯した世界認識方法をとるようになりました</strong></span>。<br>

<br>
その際、異教徒の自然科学論理の二元論的世界観など神にとって都合のよいところは吸収改変し、連続する世界観など都合の悪いところは、神の創造に置き換え改変することで教義の補強を行いました。<br>

<br>

それは、<span style="color:#ff3300;"><strong>自然に対する肯定観・超越観を破棄した、神を頂点とした世界の序列化と、その結果としての自然に対する敵対視によってなされた、</strong></span><span style="color:#6666ff;">『自然の一部としての人間』</span><strong><span style="color:#ff3300;">から</span></strong><span style="color:#6666ff;">『人間と敵対する自然』</span><span style="color:#ff3300;"><strong>という価値転換を含んだ認識方法というもので、</strong></span>

この時代の宗教的支配者のキリスト教教父に共通する認識方法になっていくのです.

<br>

<br>
他方、教会の権力闘争から見ても、教団の拡大は教父自身の地位や権力の確保に繋がっています。つまり、<span style="color:#ff3300;"><strong>事実に反しても神の権威を保っていく動機は、キリスト教支配における知的特権階級である教父という地位を磐石にするためという、極めて自我・私権的なものを含んでいたのだと思います</strong></span>。<br>

<br>
この<span style="color:#ff3300;"><strong>『認識方法』</strong></span>と<span style="color:#ff3300;"><strong>『追求の動機』</strong></span>は、キリスト教が力を失ったあとに登場する近代科学やそれを支える国家（大学）制度に、さまざまな経緯を経て引き継がれていくことになります。<br>

<br>
次回は、これらの<span style="color:#ff3300;"><strong>『認識方法』</strong></span>と<span style="color:#ff3300;"><strong>『追求の動機』</strong></span>が、中世後期に興る大学の知的特権階級にゆだねられていく過程と、それと同時に興る、金貸しに支援された、錬金術などの魔術やそれを操る職人の地位向上と、それら二つの要素が対立しながら、最終的にはキリスト教的な世界認識方法をとる知的特権階級により、近代科学に取り込まれる過程を扱います。 :m146: <br>

]]>
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   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』（１１）～“観念の絶対視”が近代科学技術の根本問題～</title>
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   <published>2012-01-08T13:09:22Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:28:58Z</updated>
   
   <summary>いよいよ、『科学はどこで道を誤ったのか？』シリーズも１１回目を向かえました。 今回は次回の最終回に向けて、これまでのエントリーのうち、近代科学技術の発展の歴史を扱った（７）、（８）、（９）、（１０）を改めて整理し、近代科学技術の歴史を通じた根本問題に迫りたいと思います。 ◆ ◆ ◆ “現実と乖離した観念のみ”で体系化されていく過程が近代科学技術の歴史 ◆ 現実と乖離した観念（＝数学）に自然を置き換え法則化することを優先した時代（17C）　（ｼﾘｰｽﾞ７） 近代の科学者たちは自然をあるがままに観るのでは無く、数学的形式にあてはまるように（都合よく）現実には存在しない抽象概念を創出しました。そして、事物の本質の探究よりも、数学的表現を用いて現象の定量的法則の確立を優先させたのです。 自然認識における近代への転換を象徴しているのが、ガリレオの実験であった。 滑らかな斜面を用いることで落下時間を引き延ばして時間の測定を容易にし、かつ空気抵抗の影響を低減させることで自然界には存在しない真空中での落下という理想化状態に人為的に近づけてなされたその実験の目的は、それまでの魔術師による自然の模倣としての驚異の再現や技術者による試行錯誤を通じてのノウハウの改良ではなく、時間と空間の関係としての定量的法則を確立することであった。 【ガリレオ】　　　　　 ※【福島の原発事故をめぐって　山本義隆著】より引用 ガリレオは、物体は「なぜ」落下するのか、さらには落下のさいに「なぜ」加速されるのか、というそれまでの自然学の設問それ自体を退け、物体は理想と考えられる状況において「どのように」落下するのかという問題－落下の様態の数学的表現の確定－　に自然科学の守備範囲を限定したのである。 またニュートンは、万有引力の法則を数学的に定式化したが、重力の本質（なぜ引き合うか）を明らかにせず、自ら棚上げにした。 【ニュートン】　　　　 ※【一六世紀文化革命　山本義隆著】より引用 自然認識は近代以前から古今東西に存在しますが、数学による自然の記述に偏向したのは近代に入ってからです。 「自然の言葉は数学で書かれている」というガリレオの発言に象徴されるように、自然界を数量化できるという幻想（正当化観念）が登場したのが１７Cでした。 　    ...</summary>
   <author>
      <name>tutinori</name>
      
   </author>
         <category term="B.科学史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="B01.科学はどこで道を誤ったのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[いよいよ、『科学はどこで道を誤ったのか？』シリーズも１１回目を向かえました。<br>
今回は次回の最終回に向けて、これまでのエントリーのうち、近代科学技術の発展の歴史を扱った<strong><a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001012.html">（７）</a>、<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001016.html">（８）</a>、<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001017.html">（９）</a>、<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001020.html">（１０）</a>を改めて整理し、<span style="color:#ff3300;">近代科学技術の歴史を通じた根本問題</span>に迫りたいと思います。</strong><br>
<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ “現実と乖離した観念のみ”で体系化されていく過程が近代科学技術の歴史</strong></span><br>
<br>
<strong>◆ <a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001012.html">現実と乖離した観念（＝数学）に自然を置き換え法則化することを優先した時代（17C）　（ｼﾘｰｽﾞ７）</a></strong><br>
<br>
近代の科学者たちは自然をあるがままに観るのでは無く、<span style="color:#ff3300;"><strong>数学的形式にあてはまるように（都合よく）現実には存在しない抽象概念を創出</strong></span>しました。そして、事物の本質の探究よりも、<span style="color:#ff3300;"><strong>数学的表現を用いて現象の定量的法則の確立を優先させた</strong></span>のです。<br>


<blockquote><img alt="%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%AA.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%AA.JPG" width="100" height="146" /align="right">
自然認識における近代への転換を象徴しているのが、ガリレオの実験であった。<br>
滑らかな斜面を用いることで落下時間を引き延ばして時間の測定を容易にし、かつ空気抵抗の影響を低減させることで<span style="color:#ff3300;"><strong>自然界には存在しない真空中での落下という理想化状態に人為的に近づけてなされたその実験の目的は、</strong></span>それまでの魔術師による自然の模倣としての驚異の再現や技術者による試行錯誤を通じてのノウハウの改良ではなく、<span style="color:#ff3300;"><strong>時間と空間の関係としての定量的法則を確立することであった。</strong></span><br>
<div align="right"><strong>【ガリレオ】　　　　　</strong></div>
<strong>※【福島の原発事故をめぐって　山本義隆著】より引用</strong></blockquote>

<blockquote><img alt="%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3.JPG" width="100" height="121" /align="right">
ガリレオは、物体は「なぜ」落下するのか、さらには落下のさいに「なぜ」加速されるのか、というそれまでの自然学の設問それ自体を退け、<span style="color:#ff3300;"><strong>物体は理想と考えられる状況において「どのように」落下するのかという問題－落下の様態の数学的表現の確定－　に自然科学の守備範囲を限定したのである。</strong></span><br>
またニュートンは、<span style="color:#ff3300;"><strong>万有引力の法則を数学的に定式化したが、重力の本質（なぜ引き合うか）を明らかにせず、自ら棚上げにした。</strong></span><br>
<div align="right"><strong>【ニュートン】　　　　</strong></div>
<strong>※【一六世紀文化革命　山本義隆著】より引用</strong></blockquote>

自然認識は近代以前から古今東西に存在しますが、数学による自然の記述に偏向したのは近代に入ってからです。<br>
<span style="color:#ff3300;"><strong>「自然の言葉は数学で書かれている」</strong></span>というガリレオの発言に象徴されるように、<span style="color:#ff3300;"><strong>自然界を数量化できるという幻想（正当化観念）が登場</strong></span>したのが１７Cでした。<br>
<br>
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<br>]]>
      <![CDATA[<br>
<strong>◆ <a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001016.html">電磁気学の発見＝観念のみによる科学が技術に先行した時代（18～19C）　（ｼﾘｰｽﾞ８）</a></strong><br>
<br>
しかし、この時点ですぐに近代科学技術、すなわち数学（＝現実とは乖離した観念）の記述に偏った科学に領導された技術が生まれたわけではありませんでした。実際には１８Cの蒸気機関の誕生までは経験主義的な技術が先行していましたが、１９Cのファラデーによる<span style="color:#ff3300;"><strong>電磁気学の発見によって、近代科学が技術に先行するようになります。</strong></span><br>
<blockquote><img alt="%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%A9%E3%83%87%E3%83%BC.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%A9%E3%83%87%E3%83%BC.jpg" width="100" height="129" /align="right">
1800年のヴォルタによる電池の発明は化学結合のエネルギーが、そして1831年のファラデーによる電磁誘導の発見は運動エネルギーが、ともに電気エネルギーに変換されることを明らかにした。これが現在に至るまでの電気文明の始まりであり、そこから電球や電熱器や電動モーターや発電機や電信装置やその他すべてが生み出されていった。<span style="color:#ff3300;"><strong>ここにはじめて、科学理論が先行する形での技術開発、すなわち真の意味での科学技術が始まったと言える。</strong></span><br>
<div align="right"><strong>【ファラデー】　　　　</strong></div>
<strong>※【福島の原発事故をめぐって　山本義隆著】より引用</strong></blockquote>
<span style="color:#ff3300;"><strong>電磁気学はあくまで実験室から生まれたもの</strong></span>です。感覚的に把握出来る重さや熱さといった、自然界でも記述されるようなものではありません。形の見えないものを、観念の世界であれこれ考えることになります。科学は電磁気を得て、科学者の頭の中の夢想に沿って人工の実験が試され、それを数式化してそのまま現実の技術として転用されます。<br>
つまり、ここで<span style="color:#ff3300;"><strong>観念発の技術が初めて世に出た</strong></span>のです。<br>
<br>
<br>
<strong>◆ <a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001017.html">国家に取り込まれていく中で暴走していく科学技術（20C）　（ｼﾘｰｽﾞ９）</a></strong><br>
<br>
１８世紀後半の市民革命（フランス革命・アメリカ独立戦争）以降、欧米列強による市場の拡大競争が生み出した侵略戦争がますます激化し、軍備強化への期待圧力が高まりました。<br>
<strong>市場拡大→戦争圧力を受けて科学技術による生産力がさらに発達し、同時に科学者たちは戦争という国家プロジェクトに組み込まれていきます。</strong><br>
その行き着いた果てが、20世紀のアメリカでのマンハッタン計画（原爆製造計画）です。<br>

<blockquote>マンハッタン計画は、<span style="color:#ff3300;"><strong>理論的に導かれ実験室での理想化された実験によって個々の原子核のレベルで確認された最先端物理学の成果を、工業規模に拡大し、前人未到の原子爆弾の製造という技術に統合するもの</strong></span>であった。<br>
<br>
（～中略～）<br>
<br>
マンハッタン計画は<span style="color:#ff3300;"><strong>その膨大で至難の過程の全体 －以前なら個々の学者や技術者や発明家や私企業がそれぞればらばらに無計画におこなった過程の全体を－ を、一貫した指導の下に目的意識的に遂行し終えた初めての試みであった。</strong></span><br>
<img alt="%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%B3%E8%A8%88%E7%94%BB%E3%82%92%E7%AB%8B%E3%81%A1%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%81%9F%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85%E9%81%94.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%B3%E8%A8%88%E7%94%BB%E3%82%92%E7%AB%8B%E3%81%A1%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%81%9F%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85%E9%81%94.JPG" width="190" height="137" /align="right">
抽象的で微視的な原子核理論から実際的で大規模な核工業までの長く入りくんだ道筋を踏破するその過程は、私企業を越える巨大な権力とその強固な目的意識に支えられてはじめて可能となった。それは<span style="color:#ff3300;"><strong>官軍産、つまり合衆国政府と軍そして大企業の首脳部の強力な指導性のもとに数多くの学者や技術者が動員され組織されることで実現された</strong></span>ものであった。<br>

<div align="right"><strong>【ﾏﾝﾊｯﾀﾝ計画を立ち上げた科学者達】</strong></div>
（～中略～）<br>
<br>
<span style="color:#ff3300;"><strong>国策として進められる巨大科学技術の宿命</strong></span>であることを、いま一人ディル・ブライデンボーも辞表にしたためている。<br>
「多くの場合、集団的に調製された政治的決定によってメーカーと建設にともなう莫大な費用、スケジュールがきまります。このような<span style="color:#ff3300;"><strong>政治的な圧力が結果の正しい評価による公平な決定の達成を、非常に難しくしています。原子力発電は”技術的な怪物”になってきており、誰が制御しようともその、正体を明らかにすることはできない</strong></span>のです。」<br>
<br>
<strong>※【福島の原発事故をめぐって　山本義隆著】より引用</strong></blockquote>
これまで、科学者一人一人の頭の中にあった科学技術が、国家プロジェクトに組み込まれていくことで、生産規模の巨大化と生産能率の向上のみがひたすら追及され、そのこと自体が意味のあることなのかどうかは問われることはありません。<br>
マンハッタン計画の成功を受けて、宇宙開発や原子力開発など様々な産業が国家プロジェクトとなり、そうなると<span style="color:#ff3300;"><strong>必然的にひとたび事業の実施が決定されれば、それを遂行する側から見て不都合となる事実は隠蔽され、「どんなことがあっても」継続が前提となる構造にあります。</strong></span><br>
こうして<span style="color:#ff3300;"><strong>科学技術は肥大・暴走</strong></span>していきました。<br>
<br>
<br>
<strong>◆ <a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001020.html">“完全に観念のみに基づいた科学理論”から生み出された核エネルギー開発（20C）　（ｼﾘｰｽﾞ１０）</a></strong><br>

<blockquote>
<img alt="%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB.jpg" width="190" height="164" /align="right">
経験主義的にはじまった水力や風力あるいは火力といった自然動力の使用と異なり、<span style="color:#ff3300;"><strong>「原子力」と通称されている核力のエネルギーの技術的使用、すなわち核爆弾と原子炉は、純粋に物理学理論のみにもとづいて生み出された。</strong></span><br>
実際、これまですべての兵器が技術者や軍人によって経験主義的に形成されていったとの異なり、核爆弾はその可能性も作動原理も百パーセント物理学者の頭脳のみから導き出された。原子炉はそのバイプロダクトである。<br>
その意味では、<span style="color:#ff3300;"><strong>ここにはじめて、完全に科学理論に領導された純粋な科学技術が生まれたことになる。</strong></span><br>
しかし理想化状況に適用される核物理学の法則から現実の核工業－原爆と原発の製造－までの距離は極限的に大きく、その懸隔を架橋する課程は巨大な権力に支えられてはじめて可能となった。<br>
<br>
<span style="color:#ff3300;"><strong>その結果は、それまで優れた職人や技術者が経験主義的に身につけてきた人間のキャパシティの許容範囲の見極めを踏み越えたと思われる。</strong></span><br>
<br>
<strong>※【福島の原発事故をめぐって　山本義隆著】より引用</strong></blockquote>

本来の科学技術とは、経験則により誰もが認められることのできる現象事実を根拠に、価値観念・神格化を排除して事実の整合により（仮説）法則を導き、それを現実に応用するもののはずです。<br>
<br>
しかし、17世紀以降の近代科学は、はじめから価値観念を内在させて、<span style="color:#ff3300;"><strong>現実に存在しない矮小化した特殊な実験（単純化、理想化）空間を人工的に創出し、その結果を現実の現象として借定しそれを普遍化</strong></span>していきました。<br>
また、その実験や法則化は、<span style="color:#ff3300;"><strong>己の（自我に侵された）頭の中にだけある倒錯した抽象観念を、（少なくとも普通の人にはまったく実感も理解もできず、解くことも当然出来ない）数学を根拠に設定し導き出してきました。</strong></span><br>
<br>
それが国家プロジェクトに組み込まれるようになり、科学技術は肥大・暴走し、その結果今回の福島原発事故という大惨事を招いたのです。<br>
<br>
つまり、<span style="color:#ff3300;"><strong>近代科学技術の歴史とは、徹頭徹尾“現実とは乖離した観念のみで体系化”されてきた過程</strong></span>なのです。<br>
<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ “観念の絶対視”が近代科学技術の根本問題</strong></span><br>
<br>
<strong>◆ 数量化できない自然</strong><br>
<br>
今回見てきたように、近代科学技術は観念のみで体系化されてきました。したがって近代科学技術の発想では、複雑な自然を把握する為に、対象を観念的に抽象化・数量化・平均化することになるので、限定されたモデルとして取り出すしかなく、現実の自然を捉えているとはいえません。<br>
<span style="color:#ff3300;"><strong>本来、現実の自然とは『数量化できない』</strong></span>のです。<br>

<blockquote>無限ともいえる多くの要素が相互に関係しながら成り立っているのが自然ですから、その関係を全て把握することは無理があるのではないでしょうか。<br>
<br>
<span style="color:#ff3300;"><strong>現在は、数量化できる自然に慣れきってしまい、自然を畏怖することを忘れてしまったのでしょうね。人間中心の価値観が、数量化できる自然と現実の自然のギャップを生み出し、自然破壊などの問題として現れている</strong></span>のだと思います。<br>
<br>
現在の問題を突破するには、科学がもたらした便利さの中で見捨てられてきた<span style="color:#ff3300;"><strong>数量化出来ない自然を対象化し、価値観を換えることが必要</strong></span>なのでしょうね。<br>
<br>
<strong>※【<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=10077">るいネット／数量化できない自然</a>】より引用</strong></blockquote>
<br>
<strong>◆ “観念こそが絶対“という近代科学技術の観念パラダイムが根本原因</strong><br>
<br>
この『数量化できない自然』を、一度出来上がった観念が『絶対正しい』と固定化し、その絶対視された観念（法則）によって、自然対象を逆規定していく、この<span style="color:#ff3300;"><strong>“観念こそが絶対“という近代科学技術の観念パラダイムに根本原因があります。</strong></span><br>

<blockquote>物理法則も数学（特に微積分）も、無限の現実世界の中から、その時点の人間が同化できた範囲で、法則性を抽出したものです。<br>
<br>
だから、<span style="color:#ff3300;"><strong>観察やそれによる認識が深まれば、新たな法則の抽出が起こり、常に認識体系は進化していきます。つまり、観念は、本能や共認機能を使った、現実世界への同化があって初めて有効になります。</strong></span><br>
<br>
それに対して<span style="color:#ff3300;"><strong>近代科学は、（全体を捨象した一部に）一旦同化して出来上がった観念（法則）を絶対視して、そこから自然対象を逆規定してみるという思考経路</strong></span>をたどっています。<br>
<br>
そうすると、観念だけでは統合力は無いので、何らかの価値を観念に内在させる必要があります。それが個人主義であったり、人間中心主義であったりします。<br>
<br>
その結果、<span style="color:#ff3300;"><strong>現実対象へ未同化の部分を多く残し、偏ったものになっていても、その偏りに気がつかなくなります。</strong></span>だから、それを応用した科学技術も、人間や個人だけに利得があるものに偏ります。<br>
<br>
<span style="color:#ff3300;"><strong>ここには、いかに現実世界に同化しようとしても、不十分なままだという、自然対象への畏敬の念がありません。</strong></span>だから、その思考から抜け出さない限り、ひどくなるばかりの環境問題は解決しません。<br>
<br>
この様に、個人主義や人間主義などの排他的価値を観念に内在させ、現実対象を都合よく逆規定していく思考法が、同化と対極にある異化思考なのだとおもいます。これが近代科学の根本的な問題ではないでしょうか？<br>
<br>
<strong>※【<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=196861">るいネット／観念の絶対性が近代西洋科学の根本問題</a>】より引用</strong>（一部筆者による修正含む）</blockquote>
<br>
ではどこで<span style="color:#ff3300;"><strong>“観念の絶対視”</strong></span>が生まれたのでしょうか？<br>
そしてどのようにして<span style="color:#ff3300;"><strong>“いかに現実世界に同化しようとしても、不十分なままだという、自然対象への畏敬の念”を失い、科学技術への万能観が生まれた</strong></span>のでしょうか？<br>
<br>
いよいよ次回の最終回では『科学はどこで道を誤ったのか？』の答えに辿り着きたいと思います。<br>]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』（10）～“科学技術の申し子”が起こした惨劇</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001020.html" />
   <id>tag:blog.sizen-kankyo.net,2012:/blog//1.1020</id>
   
   <published>2012-01-07T14:50:00Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:28:58Z</updated>
   
   <summary><![CDATA[ これまで、近代科学技術の成立過程について歴史を辿って見てきました。 今回はそれらを踏まえ、近代科学技術がどのように原子力発電を生み出してきたのかを考えてみます。 まずは、山本義隆著「福島の原発事故をめぐって」より引用します。 経験主義的にはじまった水力や風力あるいは火力といった自然動力の使用と異なり、「原子力」と通称されている核力のエネルギーの技術的使用、すなわち核爆弾と原子炉は、純粋に物理学理論のみにもとづいて生み出された。実際、これまですべての兵器が技術者や軍人によって経験主義的に形成されていったとの異なり、核爆弾はその可能性も作動原理も百パーセント物理学者の頭脳のみから導き出された。原子炉はそのバイプロダクトである。その意味では、ここにはじめて、完全に科学理論に領導された純粋な科学技術が生まれたことになる。しかし理想化状況に適用される核物理学の法則から現実の核工業－原爆と原発の製造－までの距離は極限的に大きく、その懸隔を架橋する課程は巨大な権力に支えられてはじめて可能となった。その結果は、それまで優れた職人や技術者が経験主義的に身につけてきた人間のキャパシティの許容範囲の見極めを踏み越えたと思われる。 ポイントは３つです。 ◆ １．経験に基づかず、純粋に科学理論から生み出された ◆ ２．理想的な状況にのみ適用される物理法則に基づいている ◆ ３．巨大な資本力を投下できる権力に支えられて実現した &nbsp;&nbsp; ...]]></summary>
   <author>
      <name>sztk</name>
      
   </author>
         <category term="B.科学史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="B01.科学はどこで道を誤ったのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[<p>
<img alt="19203694new.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/19203694new.jpg" width="500" height="434" /><br />
<br />
これまで、近代科学技術の成立過程について歴史を辿って見てきました。<br />
今回はそれらを踏まえ、近代科学技術がどのように原子力発電を生み出してきたのかを考えてみます。<br />
<br />
まずは、<a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%99%BA%E4%BA%8B%E6%95%85%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%81%A3%E3%81%A6%E2%80%95%E2%80%95-%E3%81%84%E3%81%8F%E3%81%A4%E3%81%8B%E5%AD%A6%E3%81%B3%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8-%E5%B1%B1%E6%9C%AC-%E7%BE%A9%E9%9A%86/dp/4622076446/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1325946826&sr=1-1" target="_blank" >山本義隆著「福島の原発事故をめぐって」</a>より引用します。<br />
<blockquote>
経験主義的にはじまった水力や風力あるいは火力といった自然動力の使用と異なり、「原子力」と通称されている核力のエネルギーの技術的使用、すなわち<u>核爆弾と原子炉は、純粋に物理学理論のみにもとづいて生み出された</u>。実際、これまですべての兵器が技術者や軍人によって経験主義的に形成されていったとの異なり、核爆弾はその可能性も作動原理も百パーセント物理学者の頭脳のみから導き出された。原子炉はそのバイプロダクトである。その意味では、ここにはじめて、<u>完全に科学理論に領導された純粋な科学技術が生まれた</u>ことになる。しかし<u>理想化状況に適用される核物理学の法則から現実の核工業－原爆と原発の製造－までの距離は極限的に大きく、その懸隔を架橋する課程は巨大な権力に支えられてはじめて可能となった</u>。その結果は、それまで優れた職人や技術者が経験主義的に身につけてきた<u>人間のキャパシティの許容範囲の見極めを踏み越えた</u>と思われる。
</blockquote>
ポイントは３つです。<br />
<span style="font-size:125%; color:#0022ff;"><strong>
◆ １．経験に基づかず、純粋に科学理論から生み出された<br />
◆ ２．理想的な状況にのみ適用される物理法則に基づいている<br />
◆ ３．巨大な資本力を投下できる権力に支えられて実現した<br />
</strong></span><br />
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<br />
</p>]]>
      <![CDATA[<!-- ここから後半 -->
<p>
<span style="font-size:125%;"><strong>
◆ ◆ ◆ １．経験に基づかず、純粋に科学理論から生み出された<br />
</strong></span><br />
火力、水力、風力などが経験からはじまったのにたいして、核エネルギーは、経験からではなく純粋に物理学理論から導き出されたものです。<br />
<br />
核エネルギー利用の歴史は、原爆からはじまります。つまり<span style="color:#ff3300;"><strong>
科学技術による大量殺戮兵器こそが、原子力発電の出自</strong></span>です。そして原子力発電推進のため、様々な策謀が行われてきました。オイルショックで演出された石油枯渇説や、地球温暖化説がそうです。<br />
<br />
あらゆる国際機関やマスメディアをフル活用して、それらを喧伝してきた背後には、「何をおいても市場拡大が絶対である」というイデオロギーが存在しています。でなければ、生産を抑制して市場を縮小しさえすれば終いだからです。<br />
<br />
つまり、核エネルギー利用は、<span style="color:#ff3300;"><strong>金貸しによる市場絶対のイデオロギーと、物理学者の頭の中の理論が組み合わされ進められてきたもの</strong></span>であり、これまで人類が経験的に獲得してきたものとは質的にまったく異なるものです。<br />
<br />
<br />
<span style="font-size:125%;"><strong>
◆ ◆ ◆ ２．理想的な状況にのみ適用される物理法則に基づいている<br />
</strong></span><br />
<img alt="0afa6b57.gif" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/0afa6b57.gif" width="192" height="270" />&nbsp;&nbsp;
<img alt="E8A8ADE8A888E88085E8A8BCE8A880-1.gif" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/E8A8ADE8A888E88085E8A8BCE8A880-1.gif" width="258" height="270" /><br />
“核分裂”という物理学の理論から、現実的に熱を取り出す理想的な状況を作り出すためには、様々な技術や膨大な資本を要します。そのため、<span style="color:#ff3300;"><strong>どのように条件設定し、どのような事態を「想定」するか、という問題が常につきまとう</strong></span>ことになります。そして、<span style="color:#ff3300;"><strong>ここに「科学への万能視」が加わった</strong></span>ことが悲劇を生みました。
<blockquote>
近代科学は、ある一定の条件下でだけ成立する法則の集合体だ。あたかも全ての条件下で適用可能な一般法則のように思われているが、実は違う。万能性はない。しかも、この欠陥を逆に捉えると、<u>恣意的に条件を変えれば、自らの都合が良いように特定の結果を導く事が出来る。ここに近代科学が万能であるという妄信が加われば、恣意的に操作した結果得た答えでさえ、万能性のもとに得た最良な結果である、という妄信が生ずる。</u><br />
<br />
今回の原発事故は、そのようにして生じた。<br />
<br />
どこまでの事態を勘案するか、恣意的に条件設定したにも関わらず、あたかもそれが万能であるかのような「安全」という答えを導いた。そして、恣意的な条件操作をした際に抜け落ちた、もしくは、作為的に勘案しなかった部分が「想定外」だったのである。<br />
<br />
恣意的な操作をしているにも関わらず、それを万能と思い込むことは、もはや原理主義といっていい。<u>「想定外」という発言がでる時点で、自らが恣意的な操作をした事を認めていない。当然、自らが信仰する近代科学の重大な欠陥には気づいていない。恣意的な操作をしたことを「意図してやったわけではない」という発言は、自己正当化を通り越して完全に思い込みの世界である。</u><br />
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=249153" target="_blank" >http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=249153</a>
</blockquote>
<blockquote>
原子力発電初期のキャッチフレーズは、「Too cheap To meter」であった。これは、「原子力発電で作った電気はあまりに安すぎるので、計量する必要がないほどだ」、という意味である。原子力発電はそれだけ安く大量に電気を供給できるものと期待されていた。しかし<u>現実はそうではなかった</u>。バックアップ装置の増設等により、建設費が高騰したのだ。原子力発電は他の発電に比べて設備費の割合が非常に大きいため、建設費が高騰するとその影響がより大きくなってしまった。<br />
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB" target="_blank" >http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB</a>
</blockquote>
科学者がいかに楽観的で理想的な状況のみを考えていたか、そして補助装置の建設がいかに大きかったかが分かります。<br />
<br />
<br />
<span style="font-size:125%;"><strong>
◆ ◆ ◆ ３．巨大な資本力を投下できる権力に支えられて実現した<br />
</strong></span><br />
原子力発電を実施するには、核燃料の製造や発電施設の建設をはじめとして、核廃棄物埋設に至る技術力と資本力、さらには核分裂反応や放射線を適切に制御する技術力が不可欠で、膨大な周辺技術と補助装置に支えられることになります。<br />
<br />
したがって、必然的に国家的なプロジェクトとなり、ひとたび事業の実施が決定されれば、それを遂行する側から見て不都合となる事実は隠蔽され、<span style="color:#ff3300;"><strong>「どんなことがあっても」継続が前提となる</strong></span>構造にあります。<br />
<br />
また、建設から稼働のすべてにわたって、肥大化した官僚機構と複数の巨大企業からなる怪物的プロジェクトであり、そのなかで<span style="color:#ff3300;"><strong>個々の技術者や科学者は主体性を喪失してゆかざるを得なくなる</strong></span>のです。<br />
<br />
さらに、「優れた職人や技術者が経験主義的に身につけてきた人間のキャパシティの許容範囲の見極めを踏み越えた（山本義隆）」ことにより、以下のような致命的な問題を抱えます。<br />
<br />
<strong>
◆ １．核エネルギーは、その大きさと放射線による毒性ゆえに、ひとたび暴走をはじめたら人間によるコントロールを回復させることが絶望的<br />
</strong>
<blockquote>
石油コンビナートが爆発し火災を起こしても、何日かせいぜい何週間かで確実に鎮火され、跡地に再建可能である。しかしチェルノブイリにしてもフクシマにしても、大きな原発事故の終息には、人間の一世代の活動期間を超える時間を要する。そしてその跡地は何世代にもわたって人間の立ち入りを拒む。このような事故のリスクは個人はもとより企業でさえ負えるものではない。<br />
（<a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%99%BA%E4%BA%8B%E6%95%85%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%81%A3%E3%81%A6%E2%80%95%E2%80%95-%E3%81%84%E3%81%8F%E3%81%A4%E3%81%8B%E5%AD%A6%E3%81%B3%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8-%E5%B1%B1%E6%9C%AC-%E7%BE%A9%E9%9A%86/dp/4622076446/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1325946826&sr=1-1" target="_blank" >山本義隆著「福島の原発事故をめぐって」</a>より）<br />
</blockquote>
<strong>
◆ ２．物質循環から切り離された核廃棄物が、人の住めない閉塞空間を増やしていく<br />
</strong>
<blockquote>
石炭・石油といった化石燃料は、炭酸ガスに変わって大気中に放出され、それを植物が吸収して光合成に使います。それを草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べ、やがて死んで微生物に分解され…と、最終的には食物連鎖へと循環します。<br />
<br />
それに対して、<u>放射性廃棄物は地球の物質循環から切り離されています</u>。核分裂が進み、放射能がなくなるまでの数万年～数億年もの間、分解されることなく残り続けるのです。<br />
<br />
しかも、原子炉を作って50年もすれば原子炉を廃炉することになり、原子炉を解体した際に出る放射性廃棄物が急激に増えることになります。こうして増え続ける放射性廃棄物の行き場がなくなれば、廃炉になった原子炉を解体することなく、原子炉ごと周囲を立ち入り禁止区域にすることも想定されます。<br />
<br />
いずれにしても、<u>人間の使える土地が地球上からどんどん減っていく</u>ことになります。これが、原子力発電の最大の問題点なのです。<br />
<br />
☆原子力発電によるエネルギー供給の背後で、社会活力の衰弱が進行する<br />
<br />
放射性廃棄物は、無害化するまでの途方もない期間、人間の暮らす空間から隔離しておかなければなりません。放射性廃棄物が増えて蓄積されるということは、「隔離された閉塞空間」が地球上に増え続けることに他なりません。<br />
<br />
それは同時に、その様な<u>閉塞空間で核のゴミを管理する人間を増やす</u>ことを意味します。その様な息苦しい管理社会で、社会の活力が生み出されることはありません。つまり、効率だけを考えて原子力発電を続ければ、確かに目先のエネルギーを得ることはできますが、それと引き換えに急速に閉塞空間が増えていき、<u>社会活力の衰弱が進行していく</u>のです。<br />
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2010/07/000750.html" >http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2010/07/000750.html</a>
</blockquote>
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
<br />
<strong>原子力発電は徹頭徹尾“科学技術の申し子”</strong>です。福島原発の事故は、それゆえに起きたと言えるのではないでしょうか。<br />
<br />
<span style="font-size:125%; color:#ff3300;"><strong>近代科学技術の行き着いた先が、フクシマでの惨劇</strong></span>なのです。<br />
<br />
次回は、これまで考察してきた近代科学技術の成立過程をまとめ、「これからどうしたらよいのか？」を考える足掛かりとします。
</p>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』（９）近代Ⅱ～国家体制に組み込まれ、専門化体制の中で無能化した学者～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001017.html" />
   <id>tag:blog.sizen-kankyo.net,2012:/blog//1.1017</id>
   
   <published>2012-01-06T03:00:00Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:28:58Z</updated>
   
   <summary>18世紀に蒸気機関が誕生した頃は、技術者の工夫の積み重ねが産業革命につながる発明を支えており、まだ技術が科学を先行していました。 しかし、19世紀に実験室で生まれた電磁気学により、始めて科学が技術を先導してゆきます。 科学は電磁気を得て、科学者の頭の中の夢想に沿って人工の実験が試され、それを数式化してそのまま現実の技術として転用されます。 ここについに、科学理論が先行する形での技術開発、すなわち真の意味での「科学技術」が始まったのです。 では、そのような科学技術が、国家権力や支配組織と結びつくとどうなるのでしょうか？ 山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」を参考に、解明していきます。 次を読む前に、応援クリック :m092: をお願いします↓ ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="B.科学史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="B01.科学はどこで道を誤ったのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[18世紀に蒸気機関が誕生した頃は、技術者の工夫の積み重ねが産業革命につながる発明を支えており、まだ技術が科学を先行していました。<br>
しかし、19世紀に実験室で生まれた電磁気学により、始めて科学が技術を先導してゆきます。<br>
科学は電磁気を得て、科学者の頭の中の夢想に沿って人工の実験が試され、それを数式化してそのまま現実の技術として転用されます。<br>
ここについに、<strong><span style="color:#ff3300;">科学理論が先行する形での技術開発、すなわち真の意味での「科学技術」が始まった</span></strong>のです。<br>
<br>
では、<strong><span style="color:#ff3300;">そのような科学技術が、国家権力や支配組織と結びつくとどうなるのでしょうか？</span></strong><br>
山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」を参考に、解明していきます。<br>
<br>
<br>
<img alt="%E7%84%A1%E9%A1%8C.JPG" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E7%84%A1%E9%A1%8C.JPG" width="450" height="250" />
<br>
<br>
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]]>
      <![CDATA[<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆　◆　◆　国家プロジェクトとして科学が導引される</strong></span><br>
<br>
１８世紀産業革命以降の科学技術の発達は、戦争圧力を抜きに語れません。<br>
１８世紀後半の市民革命（フランス革命・アメリカ独立戦争）以降、欧米列強による市場の拡大競争が生み出した侵略戦争がますます激化し、軍備強化への期待圧力が高まりました。<br>
<strong>市場拡大→戦争圧力を受けて科学技術による生産力がさらに発達し、同時に科学者たちは戦争という国家プロジェクトに組み込まれ、その手先と化してゆきます。<br></strong>
その行き着いた果てが、20世紀のアメリカでのマンハッタン計画（原爆製造計画）です。<br>
<br>

<blockquote><span style="color:#ff3300;">マンハッタン計画は、理論的に導かれ実験室での理想化された実験によって個々の原子核のレベルで確認された最先端物理学の成果を、工業規模に拡大し、前人未到の原子爆弾の製造という技術に統合するものであった。</span><br> 
<br>
それは、当時ほとんど知られていなかったウラン酸化物やまったく未知の元素プルトニウムの化学的性質の解明といった基礎研究に始まり、プルトニウムの化学的分離や自然界にはきわめて僅かしか存在しないウラン２３５を濃縮して抽出する工程の開発から、それを大規模に実践するための大工場の新設、プルトニウム生産のための原子炉の設計と建設、ウラン２３５の連鎖反応のための臨界値の決定、連鎖反応が瞬間的にかつ完全に生じるようにするための爆薬の配置法、それらを計算するための大型計算機の開発、等、多方面にわたるきわめて多くの理論的・技術的問題の解決を必要とした。<br>
<br>
<span style="color:#ff3300;">マンハッタン計画はその膨大で至難の過程の全体 －以前なら個々の学者や技術者や発明家や私企業がそれぞればらばらに無計画におこなった過程の全体を－ を、一貫した指導の下に目的意識的に遂行し終えた初めての試みであった。</span><br>
<br>
抽象的で微視的な原子核理論から実際的で大規模な核工業までの長く入りくんだ道筋を踏破するその過程は、<span style="color:#ff3300;">私企業を越える巨大な権力とその強固な目的意識に支えられてはじめて可能</span>となった。<br>
<br>
それは<span style="color:#ff3300;">官軍産、つまり合衆国政府と軍そして大企業の首脳部の強力な指導性のもとに数多くの学者や技術者が動員され組織されることで実現された</span>ものであった。<br>
<br>
※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」より引用<br></blockquote>

<br>
マンハッタン計画では、５万人にのぼる科学者・技術者を使い、総計２０億ドル（７３００億円）もの資金が投入されました。<br>
このような大掛かりな計画が推し進めていけたのは、<strong><span style="color:#ff3300;">産軍複合体が主導した『国家プロジェクト』</span></strong>だったからなのです。<br>
<br>
そして、それは戦後も続いていきます。<br>
<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆　◆　◆　大量に組織化された国家プロジェクトが作られてゆく</strong></span><br>
<br>
<blockquote>マンハッタン計画のこの「成功」をうけて、戦後アメリカ政府は科学技術振興に積極的に介入していった。<br>
実際、第二次大戦後（２０世紀後半）の宇宙開発競争のような科学技術は、このような官軍産の強力な指導のもとに大量の学者と技術者が計画的に動員されることで可能となったのであり、当然それは、<span style="color:#ff3300;">大国における政治的・軍事的目的、あるいは金融資本と大企業にとっての経済的目的に従属したもの</span>であった。 <br>
戦後、原子力開発が民間企業に負わされることになっても、国家の後ろ盾のもとにいくつかの大企業にまたがって担われるプロジェクトとしての原子力開発において、マンハッタン計画と同様の状態が出現することになった。<br>
<br>
※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」より引用<br></blockquote>
<br>
戦争圧力によってマンハッタン計画が推進され、第二次世界大戦は原爆の製造に成功した連合国が勝利をおさめました。<br>
その成功を受けて、その後も国家プロジェクトによる科学技術開発は、米ソ冷戦による「宇宙開発競争」へと発展してゆきます。また、資本主義が蔓延する中でより儲けの多い「エネルギー開発（核エネルギー）」が国家プロジェクトとして推進されてゆきます。<br>
<br>
<span style="color:#ff3300;">これらの背後にある「市場拡大」という原動力に導かれ、数々の巨大な国家プロジェクトが生まれ、科学者たちはその中に根こそぎ取り込まれてゆきます。</span><br>
そして、それは科学技術が経済的目的（市場拡大）に従属してゆくことに他ならないのです。<br>
<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆　◆　◆　科学者も技術者も、視野狭窄→無能化してゆく</strong></span><br>
<br>
国家体制に組み込まれることによって科学者や技術者には、どのような影響があったのでしょうか？<br>
<br>
マンハッタン計画において、既に科学者の視野が狭められていることがわかります。<br>
<blockquote>もちろん秘密の軍事研究であり、情報管理は徹底されていて、<span style="color:#ff3300;">個々の学者の大部分は、全体としての目標への疑問は許されず、というか、そもそも原爆製造という最終目標すら教えられずに、与えられた問題の解決にひたむきに取り組んだ</span>。<br>
<br>
※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」より引用<br></blockquote>
<br>
それは、それ以降の国家プロジェクトでも同様です。
<br>
<blockquote><span style="color:#ff3300;">動員された学者や技術者はその目標の実現という大前提にたいしては疑問を提起することは許されず、ただその枠内で、目前に与えられた課題の達成にむけて自己の能力を最大限に発揮することのみが求められた。</span><br> 
<br>
ＧＥ社を辞職した技術者の一人リチャード・ハーバートは辞表に記している。
「原子力産業は、われわれ個人個人の活動がつみ重ねられたときにおこる衝撃の大きさについては、僅かの理解力しかもたない<span style="color:#ff3300;">視野のせまい専門家たちの産業</span>になってきています。」（『技術と人間』１９７６年６月号、６８頁）<br>
<br>
そしてそれは国策として進められる巨大科学技術の宿命であることを、いま一人ディル・ブライデンボーも辞表にしたためている。<br>
「多くの場合、集団的に調製された政治的決定によってメーカーと建設にともなう莫大な費用、スケジュールがきまります。このような政治的な圧力が結果の正しい評価による公平な決定の達成を、非常に難しくしています。原子力発電は”技術的な怪物”になってきており、誰が制御しようともその、正体を明らかにすることはできないのです。」（同、７１頁）<br>
<br>
※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」より引用<br></blockquote><br>
<br>
科学者たちは、市場拡大を目的とした国家体制に組み込まれる中でプロジェクト全体の目的すら対象化しなくなります。そして、<span style="color:#ff3300;">社会に与える影響、自然世界全体を統合するという視点を持たないまま</span>、限られた自らの専門領域の中でしか頭を使わなくなり、ひたすら与えられた課題だけに向かいます。<br>

<br>
そして、科学者たちはどうなったのでしょうか？<br>
<br>
<blockquote>生産規模の巨大化と生産能率の向上のみがひたすら追及されるが、そのこと自体が意味のあることなのかどうかは問われることはない。そのことに疑問を呈した人間はただ脱落してゆくだけとされる。こうして<span style="color:#ff3300;">”怪物”化した組織のなかで、技術者や科学者は主体性を喪失</span>してゆく。<br>
<br>
※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと」より引用<br></blockquote>
<br>
技術者や科学者たちは、権威のみ与えられた特権階級となり、社会の当事者であるという<span style="color:#ff3300;">主体性を失い、無能化</span>してゆきます。<br>
<br>
その後、特権階級体制＝専門家体制は、どのような状況に陥ってゆくのでしょうか？<br>

<blockquote>マスコミ、政治家、官僚など、現在(団塊世代以降)の特権階級は、大半が貧困＝本当の私権圧力を知らず、従って本当の目的意識を持ち合わせていない。<br>
<br>
彼らは、単なる試験制度発の「合格」という無機的な目的意識（もちろん、それは肉体的欠乏に根ざした本気の目的ではない）を植え付けられてひたすら試験勉強に励み、「特権」を手に入れた連中である。
又、彼らの大半は、試験制度という与えられた枠組みの中でひたすら「合格」を目指してきただけで、その前提を成す枠組みそのものを疑うという発想が極めて貧弱である。<br>
<br>
従って、<span style="color:#000080;">彼らは社会に出てからも、ひたすら既存の制度の枠組みの中で走り続けることになるが、もはやそこでは、既存制度によって与えれた特権の維持と行使という目的以外の目的意識など生まれようがない</span>。<br>
<br>
かくして、団塊世代がトップor幹部に就いた'00年以降、彼ら特権階級は、ひたすら与えられた特権を行使し、次第に「社会を動かし」「世論を動かし」ているという支配の快感に溺れてゆくようになって終った。
これは、権力の自家中毒であるが、恐ろしいことにその病癖は麻薬中毒よりももっと酷い結果をもたらすことになる。<br>
<br>
何れも、<span style="color:#ff3300;">社会統合という最重要課題が分業体制（専門家体制）によって担われてきたが故に生じた問題</span>であるが、金貸しの特権階級（幹部）に対する買収と脅迫の横行にせよ、支配の快感に溺れてゆく特権階級の自家中毒にせよ、専門家体制が末期症状を呈していることだけは間違いがない。<br>
<br>
※<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=205507">るいネット　『特権階級の自家中毒』</a>より引用<br></blockquote>
<br>
<strong><span style="color:#ff3300;">国家プロジェクト（社会統合課題）を担っているにも関わらず、狭い専門領域に閉じこもり、己の保身を第一に考える技術者や科学者たちが無能化するのは必然</span></strong>です。<br>
そして、なまじっか国家の後ろ盾という特権を残存しているがゆえに、その影響（被害）は極めて甚大なものとなります。<br>
この<strong><span style="color:#ff3300;">国家体制→専門家体制に、科学技術を暴走させる根本的な欠陥構造</span></strong>があります。<br>
<br>
次回は、専門家体制の末期症状として起きた「福島原発事故」について扱っていきます。<br>
<br>]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』(８) 近代Ⅰ～実験室で生まれた電磁気学が技術を先導し、観念発の「科学技術」が始まる～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001016.html" />
   <id>tag:blog.sizen-kankyo.net,2012:/blog//1.1016</id>
   
   <published>2012-01-05T10:00:14Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:28:58Z</updated>
   
   <summary>　今回は、18～19世紀、近代が進んでいく世界を見ていきます。中世スコラ学の閉塞を打ち破ったのは16世紀の技術者たちでした。が、彼らは技術は自然にかなわないと自覚していました。それを、「自然を征服する」と言い出したのが17世紀の科学者たちだったのです。しかし、ガリレオやニュートンが等加速度運動や万有引力など物理法則を発見しても、それがそのまま技術に転化することもなく、実世界での革新は、まだ技術者たたちの工夫に依っていたのです。 　今回は科学者の発見が実際に世界を変えて行き、観念から物が生まれる過程を見ていきます。 写真はジェームズワット、ジュール、ファラデーです。ウィキペディアから ご興味のある方は次を読む前にクリックをお願いします↓ ...</summary>
   <author>
      <name>ヒヒ</name>
      
   </author>
         <category term="B.科学史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="B01.科学はどこで道を誤ったのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[　今回は、18～19世紀、近代が進んでいく世界を見ていきます。中世スコラ学の閉塞を打ち破ったのは16世紀の技術者たちでした。が、彼らは技術は自然にかなわないと自覚していました。それを、「自然を征服する」と言い出したのが17世紀の科学者たちだったのです。しかし、ガリレオやニュートンが等加速度運動や万有引力など物理法則を発見しても、それがそのまま技術に転化することもなく、実世界での革新は、まだ技術者たたちの工夫に依っていたのです。

　今回は科学者の発見が実際に世界を変えて行き、観念から物が生まれる過程を見ていきます。


<img alt="250px-Watt_James_von_Breda.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/250px-Watt_James_von_Breda.jpg" width="150" height="210" /><img alt="453px-Joule_James_sitting.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/453px-Joule_James_sitting.jpg" width="150" height="210" /><img alt="200px-Michael_Faraday_001.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/200px-Michael_Faraday_001.jpg" width="150" height="210" />

写真はジェームズワット、ジュール、ファラデーです。ウィキペディアから


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      <![CDATA[<br>
<strong><span style="font-size:130%;">◆ ◆ ◆ 18世紀蒸気機関の誕生、まだ技術が先行していた</span></strong>


　「福島の原発事故をめぐって」　山本義隆　から転記します

<blockquote> 　この時点ですぐに近代の科学技術、すなわち科学理論に基礎づけられ、科学に領導された技術が生まれたわけではない。実際にはなおしばらくは経験主義的な技術が先行していた。産業革命ですら、その初期には科学からの寄与にほとんど頼らなかったと見られている。実際、18世紀後半のジェームズ・ワットによる蒸気機関の改良とその大規模な実用化のころまでは、技術が先行し、理論はあと追いしていた。ようやく19世紀中期になって、先行する技術的発展に熱力学理論が追いついたのである。</blockquote> 

　産業革命を起こした蒸気機関とはどのように生まれたのでしょうか？

<a href="http://homepage2.nifty.com/eman/thermo/steam.html">蒸気機関の歴史</a>さんから

<blockquote><strong>ニューコメンの大気圧機関</strong>

　炭坑を掘ると水が染み出してくる。　掘れば掘るほど大量の水が出る。　放っておくと坑道は水没する。　それを汲み出すために大量の馬を使って昼夜を分かたずポンプを動かし続けたのだが、馬の飼育費のために採算が取れなくなってしまった。蒸気機関をこの馬の代わりに使おうというのだ。

　ニューコメン氏の蒸気機関では、水を汲み出すために、掘り出された石炭の 4 割ほどを燃やさなくてはならなかったらしい。 
 
<strong>ワットの改良</strong>

　ニューコメン氏の機関を改良したのがワット氏の蒸気機関だ。(1772) 　壊れたニューコメン機関を修理して欲しいと頼まれたのがきっかけだそうだ。彼は 4 倍も効率を高めるのに成功した。　400%の効率改善！　これは偉大な功績だ。　せっかく掘り出した貴重な燃料を以前の 1/4 しか燃やさないで済むのだから。　

　ワット氏はシリンダーの中で蒸気を冷やすのではなく、復水器という装置を作って外部で冷やすようにした。シリンダー自体を温めたり冷やしたりしない分だけロスが少なくて済むわけだ。さらに、ニューコメン機関では冷えた蒸気が縮む時の「引きの力」だけを使ってポンプを動かしていたわけだが、ピストンの往復運動を回転運動に変える機構を追加することで、蒸気を注入する時の「押しの力」も動力として利用できるようにした。　それでも「大気圧機関」であることには変わりない。<span style="color:#6666ff;">「高圧機関」は危険すぎて手が出せなかったのだ。</span>

<strong>高圧機関の実用化</strong>

　その後、トレビシック氏が高圧蒸気を利用するのに成功する。　これにより機関の大きさが 1/5 にまで小さく出来るようになった。　こうして機関車が実用化できる準備が整ったわけだ。　その後も開発は進み、強力な機関が次々に誕生した。

　石炭は初めは製鉄のために掘り出されていたのだった。　そして蒸気機関はそれを助けるために開発された。　しかし蒸気機関は、水車や風車などと違って場所に制限なく使えるという利点もあり、あちこちの機織り工場などで利用されることになった。　それであっという間に産業構造が変わり、蒸気機関のために石炭が掘り出されるようになるという逆転が起きるまでになってしまった。
 
　<strong>産業革命だ！</strong> 

　初めのセーヴァリのポンプが 1 馬力。　ニューコメン機関で 10 馬力。　ワット機関で 50 馬力。　高圧機関で 100 馬力。　19 世紀になると 2000 馬力を超えるものも登場した。 

　<span style="color:#6666ff;">そういった開発競争の中で熱力学は発展した。</span>効率の良い蒸気機関を作るために必要な条件とは一体何なのだろうか？　注いだ熱を全て動力に変えることは出来るだろうか。　それを理論的に導いてより良い商品開発に応用しようとしたのである。</blockquote>

　このように、熱力学によって蒸気機関が考え出されたのではなく、あくまで技術者の工夫の積み重ねが産業革命につながる発明を支えていたのです。


<strong><span style="font-size:130%;">◆ ◆ ◆ 始めて科学が技術に先行する</span></strong>


　同じく「福島の原発事故をめぐって」から

<blockquote> 　自由・平等・博愛を謳い近代市民社会の夢を実現しようとしたフランス革命は、同時に人間の能力に無限の信頼を置いたのであり、ベーコンの夢、つまり科学技術による自然支配と地球征服の夢を手の届く所に描いたのである。

　同時期に物理学では、電磁気学の形成が進められていた。1800年のヴォルタによる電池の発明は化学結合のエネルギーが、そして1831年のファラデーによる電磁誘導の発見は運動エネルギーが、ともに電気エネルギーに変換されることを明らかにした。これが現在に至る電気文明の始まりであり、そこから電球や電熱器や電動モーターや発電機や電信装置やその他すべてが生み出されていった。<span style="color:#ff3300;">ここにはじめて、科学理論が先行する形での技術開発、すなわち真の意味での科学技術が始まったと言える。</span>電磁気学は新しい動力を開発したわけではない。しかし、電気エネルギーは、ひとたび送電線網のようなインフラストラクチャーが形成されれば、運搬がきわめて容易で、その使用方法と使用形態はほとんど無制限であり、その利便性と汎用性の両面に置いて他のエネルギーを圧倒している。</blockquote>

　蒸気機関の発達の後、ジュールやケルヴィンの研究によって熱力学が発達し、燃焼機関の設計にフィードバックされていきます。

　そして、科学者の発見により技術開発された事例で顕著なのが電磁気学の世界でした。ここで初めて、科学者が物理法則を発見しようとして実験した結果から、発電機が発明されます。輝かしい科学が示す未来を見せてくれた一人がファラデーです。

<a href="http://www.ijinten.com/contents/ijin/faraday.htm">電気史偉人伝</a>さんから

 <blockquote>　1831年、ファラデーの電磁誘導現象を発見。エルステッドは電気から磁気を発生させた。ならばその逆も可能ではないか？というのがはじまりであった。二つのコイルを離して置き、片方のコイルに電流を流し、片方のコイルに検流計を接続して電流を流した直後、検流計は大きく振れたがすぐに止まった。電流を止めると検流計は逆に振れたが、これもすぐに止まった。磁石をコイルに近づけたり離したりするとその速さに比例して検流計の振れが大きくなることも発見し、ロンドン王立協会で”電磁誘導の法則”を発表する。これが最初の変圧器であり、電磁気学の飛躍的な進歩の幕開けである。数ヵ月後、銅板の周りに磁石を設置して銅板を回すと電気が発生するという、アラゴの回転磁気を利用した装置を発明する。正確にはアラゴの円板を解明するための実験装置であったようだ。<span style="color:#6666ff;">これが世界初の発電機であり、機械エネルギーを電気エネルギーに変換する最初のものとなった。</span></blockquote>

<img alt="%E9%9B%BB%E7%A3%81%E8%AA%98%E5%B0%8E.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E9%9B%BB%E7%A3%81%E8%AA%98%E5%B0%8E.jpg" width="300" height="328" />
画像はファラデーの電磁誘導の実験です<a href="http://www.keirinkan.com/kori/kori_physics/kori_physics_2_kaitei/contents/ph-2/2-bu/2-4-1.htm">啓林館</a>さんのサイトからお借りしました


　当時、電気は発見されたばかりで、科学者たちは先を争いその性質を明らかにするため実験をしていましたが、部外者には研究室で遊んでいるように見えたのでしょう。ファラデーはある貴族に、「そんなもの何の役に立つのか？」と問われ、「生まれたばかりの赤ん坊が何の役に立つのでしょう？」と答えています。
　ファラデーほど大衆に愛された科学者は居ないでしょう。彼からはベーコンのような尊大さは感じません（知的エリートではなく職人出身というのが大きいのでしょう）。しかし、彼が見せてくれた科学が導く輝かしい未来に、恐ろしい構造が隠れているのです。


　<span style="color:#ff3300;">電磁気学はあくまで実験室から生まれたものです。</span>感覚的に把握出来る重さや熱さといった、自然界でも記述されるようなものではありません。形の見えないものを、観念の世界であれこれ考えることになります。科学は電磁気を得て、始めて科学者の頭の中の夢想が実験室で試され、理想化されて技術に転用されることになります。科学が技術に先行し、指導していくことになったのです。<span style="color:#ff3300;">「科学技術」の誕生です。</span>


<span style="font-size:130%;"><strong>◆ ◆ ◆ 観念だけが先行する世界→無限の進歩</strong></span>


　「16世紀文化革命」山本義隆　から

<blockquote>　その「科学技術」すなわち「科学が基礎づけ科学が先導する技術」の極北の位置に核エネルギーの問題がある。

　経験主義的に始まった水力や風力といった自然動力の使用と異なり、「原子力」と称されている核エネルギーの技術的使用、すなわち<span style="color:#ff3300;">核爆弾および原子炉は、純粋に物理学理論のみにもとづいて生み出された。</span>～中略～

　それまでのすべての兵器が技術者や軍人により経験主義的に形成されていったのと異なり、<span style="color:#ff3300;">核爆弾はその可能性も作動原理も百パーセント物理学者の頭脳のみから理論的に生み出されたものである。原子炉もそのバイプロダクトである。その意味では、ここにはじめて完全に科学が主導した技術がなるものが生まれたのである。</span></blockquote>

　熱力学や電磁気学の貢献により、人間は莫大なエネルギーを得るに至ります。特に電気はその転用範囲は膨大でした。それまで、人か家畜による動力しかなかった世界に、<span style="color:#ff3300;">自然のなかからエネルギーを取り出し、飛躍的に生産力を向上させたのです。それは、壊滅的な環境破壊の始まりでもありました。</span>

　それは、ベーコンの宣言した<span style="color:#ff3300;">「学問と技術が、自然を支配する」</span>そのものだったでしょう。それまで、あくまでも人間の手の先で、自然を模倣しながら工夫されてきた技術が、科学者の頭の中、観念世界だけで開発が可能となったのです。
　まさに<span style="color:#ff3300;">「科学は万能」と錯覚</span>させる事態です。


<strong><span style="font-size:130%;">◆ ◆ ◆ 原発を生み出した根本</span></strong>
　
　同じく「16世紀文化革命」から

<blockquote>　問題の根っこをたどれば、16世紀までの職人たちがもっていた自然に対する畏怖の念を17世紀のエリート科学者が捨て去り、人間の技術が自然と対等、ないしは自然を上回ると過信したところにあるのではないだろうか。その点では、技術が自然に手を加えるにあたって、<span style="color:#ff3300;">優れた職人が経験的に身につけていた人間のキャパシティーの許容範囲についての見極めは以外に正確であり、その感性が暴走を抑止するかもしれない</span>、と言いたい処である。</blockquote>

　原発の問題の根本はどこにあるのでしょうか？
これだけ原発の恐ろしさを目のあたりにして、未だに「科学によって安全に利用可能。開発が進めば問題はなくなる。」と思う人たちが多くいるのはなぜでしょう？

　<span style="color:#ff3300;">明らかに原発は人間がコントロールできる範疇を超えています。何とでもなると思う方が間違っています。それでも、推進するのは「科学」が頭の中だけ、観念だけで組み立てても良いという性格を持っているためなのです。</span>そこには、自然の摂理と照らし合わせる、社会全体を見通す視点が欠落していきます。
　
　さて、ここまでは主に科学者個人の頭の中の話でした。次回は、これが国家権力や支配組織と結びつくとどうなるか？といったところを進めたいと思います。]]>
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   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』（7）近代の前夜～「科学技術による自然の征服」という思想の登場～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001012.html" />
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   <published>2012-01-04T10:11:21Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:28:58Z</updated>
   
   <summary> （左からコジモ・ディ・メディチ一世、コジモ・ディ・メディチ二世） 　 自然を支配対象と捉える認識は、西洋のルネサンス期の魔術思想やヘルメス主義に萌芽が見られます。 その後16世紀末から17世紀に「科学技術による自然の征服」という思想が登場します。 この自然に対する対象認識の変化が、以降の科学技術発展における大きな転換点であったと考えられます。 今回はこの近代前夜の大転換の過程を押さえていきます。 　 ◆ ◆ ◆ 金貸しの台頭⇒エリート知識人を囲い込み（パトロン化） 　 十字軍遠征への投資で財を蓄えて台頭してきた欧州の金貸し(商人)階級は、大航海時代に入ると、ラテンアメリカ侵略によって、莫大な富を蓄積して、大きな力を持つようになりました。 そして、さらなる私権獲得の可能性を求めて、ルネサンス活動や魔術思想に取り組む人々をパトロンとして支援しました。 ルネサンス(人間主義)は、欲望⇒私利私欲の追求を至上のものとする価値観であり、魔術思想は、自然を人間の快美欠乏を満たすための使役対象としており、いずれも人々の欲望を正当化して、市場拡大を促進するのに都合がよかったからです。 　 【参考】 近代科学の成立過程２～金貸しに都合のよい思想を過去から拝借したパクリ思想がルネサンス 『科学技術はどこで道を誤ったのか？』（５）ルネサンス(14～16c)～自然魔術による自然支配観念の萌芽と、「科学」「技術」統合への流れ 　 金貸し階級のこのスタンスは、科学技術に関しても同様で、近代科学の土台を確立していくエリート知識人達もパトロネージして囲い込んでいきます。 　 そして、エリート知識人達にとって、パトロンは食い扶持の確保や名声獲得の拠り所であったため、パトロンの意向に沿った研究成果をあげることは極めて重要な課題でした。 　 この関係を近代科学の父と呼ばれるガリレオの例で見てみます。 　      ...</summary>
   <author>
      <name>aironGst</name>
      
   </author>
         <category term="B.科学史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="B01.科学はどこで道を誤ったのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="Cosimo1.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/Cosimo1.jpg" width="201" height="247" /><img alt="Cosimo2.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/Cosimo2.jpg" width="181" height="247" />
（左からコジモ・ディ・メディチ一世、コジモ・ディ・メディチ二世）
　
自然を支配対象と捉える認識は、西洋のルネサンス期の魔術思想やヘルメス主義に萌芽が見られます。
その後16世紀末から17世紀に<span style="color:#ff3300;">「科学技術による自然の征服」</span>という思想が登場します。
この自然に対する対象認識の変化が、以降の科学技術発展における大きな転換点であったと考えられます。
今回はこの近代前夜の大転換の過程を押さえていきます。
<br>　
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ 金貸しの台頭⇒エリート知識人を囲い込み（パトロン化）</strong></span>
　
十字軍遠征への投資で財を蓄えて台頭してきた欧州の金貸し(商人)階級は、大航海時代に入ると、ラテンアメリカ侵略によって、莫大な富を蓄積して、大きな力を持つようになりました。
そして、さらなる私権獲得の可能性を求めて、ルネサンス活動や魔術思想に取り組む人々をパトロンとして支援しました。
ルネサンス(人間主義)は、欲望⇒私利私欲の追求を至上のものとする価値観であり、魔術思想は、自然を人間の快美欠乏を満たすための使役対象としており、いずれも人々の欲望を正当化して、市場拡大を促進するのに都合がよかったからです。
　
【参考】
<a href="http://www.sayuu.net/blog/2011/10/002108.html">近代科学の成立過程２～金貸しに都合のよい思想を過去から拝借したパクリ思想がルネサンス</a>
<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001011.html">『科学技術はどこで道を誤ったのか？』（５）ルネサンス(14～16c)～自然魔術による自然支配観念の萌芽と、「科学」「技術」統合への流れ</a>
　
金貸し階級のこのスタンスは、科学技術に関しても同様で、<span style="color:#ff3300;"><span style="font-size:125%;">近代科学の土台を確立していくエリート知識人達もパトロネージして囲い込んでいきます。</span></span>
　
そして、エリート知識人達にとって、パトロンは食い扶持の確保や名声獲得の拠り所であったため、<span style="color:#ff3300;"><span style="font-size:125%;">パトロンの意向に沿った研究成果</span></span>をあげることは極めて重要な課題でした。
　
この関係を近代科学の父と呼ばれるガリレオの例で見てみます。
　
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      <![CDATA[<blockquote>
ガリレオにとって、木星の衛星をメディチ星と命名したことは重要であった。その命名のゆえに、木星の衛星そのものが彼からトスカナ大公コジモ二世への献上品となったからである。しかし、衛星の発見とそれを公表した『星界の報告』の出版はもっと深遠な意味を持っていた。<br>
『星界の報告』冒頭のコジモ二世への献辞で、ガリレオは「それ(メディチ星)は、……最も高貴な星であるユピテル(木星)のまわりを、驚くべき速さで進行し、回転しています。あたかもユピテルの御子のようにうちつれて…」と述べ、「星の創造者自らが明らかな徴をもって告げているように思われます。これらの新しい惑星にはほかのだれよりも殿下の御名をつけるように運命づけられているのだ、と。事実、ユピテルの御子にふさわしく、これらの星はそのそばからわずかのあいだも離れることはありません」と続けている。この献辞の意味するところは、ジュピターがトスカナ大公国の神話上の建国者であったことがわかれば誤解しようもない。つまり、メディチ家によるフィレンツェの統治はジュピターから委ねられたものであり、運命として約束されていたと言っているのである。<br>
<u>出自の明確でない一介の商人から成り上がって、もともとは共和国だったトスカナを支配するようになったメディチ家にとって、その統治を正統化してくれるものは金銭の力を除いて何もなかった。メディチ家がガリレオからの献上品を歓迎したのは当然で、彼の願いのほうもことごとく叶えられることになった。</u>このようにしてガリレオは大公付き哲学者兼数学者になったのだが、メディチ家にとっても自らの統治を正統化してくれた人物がパドヴァ大学の数学者であっていいはずもなく、彼にもそれなりの権威を与える必要があっただろう。<br>
<br>
<a href="http://ci.nii.ac.jp/els/10015430540.pdf?id=ART0002350044&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1325248218&cp=">※【ガリレオと処世術としての自然研究　－パトロネージを求める学者達－（日本物理学会誌　vol.59,No.2,2004）】</a>より引用
</blockquote>
　
ガリレオは天体観測で木星の衛星を発見した際に、最大のパトロンであったメディチ家の名から、メディチ星と命名しました。これは、メディチ家からのパトロネージに対する単なるお礼ではなく、当時のメディチ家の深い欠乏を巧みに捉えて応え、自らの待遇を確保するための戦略であったのです。<br>
<br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ 「科学技術による自然征服」という思想の登場</strong></span><br>
<br>
17世紀の科学革命の時代には、「科学技術による自然の征服」という思想が登場し、魔術思想の段階では、(自然を使役・支配の対象と捉えつつも)残存していた自然に対する畏怖の念が完全に失われました。
その転換過程を押さえていきます。
<blockquote>
自然認識における近代への転換を象徴しているのが、ガリレオの実験であった。滑らかな斜面を用いることで落下時間を引き延ばして時間の測定を容易にし、かつ空気抵抗の影響を低減させることで<u>自然界には存在しない真空中での落下という理想化状態に人為的に近づけてなされたその実験の目的は、それまでの魔術師による自然の模倣としての驚異の再現や技術者による試行錯誤を通じてのノウハウの改良ではなく、時間と空間の関係としての定量的法則を確立</u>することであった。

このガリレオの実験の意義を、カントは「理性は一定不変の法則にしたがう理性判断の諸原理を携えて先導し、自然を強要して自分の問いに答えさせねばならない」ということを自然科学者が知ったことに求めている。「それはもちろん自然から教えられるためであるが、しかしその場合に、理性は生徒の資格ではなく本式の裁判官の資格を帯びるのである」。
ここには、<u>人間が自然の上位に立ったという自覚</u>が鮮明に窺える。
　
そしてそれは「自然の秘密もまた、技術によって苦しめられるとき、よりいっそうその正体を現す」と言ったフランシス・ベーコンから「私が元素の混合によって生ずるといわれている諸物体そのものを試験し、それらを拷問にかけてその構成原質を白状させるために忍耐強く努力したとき」と語るロバート・ボイル、そして「自然は、より穏やかな挑発では明かすことのできないその秘められた部分を、巧みに操られた火の暴力によって自白する」というジョセフ・グランヴィルにいたるまでの１７世紀の論客に共通する、能動的な、というよりもむしろ攻撃的な実験思想に発展してゆく。

これとならんで、ケプラーやフックやニュートンによって、かつては魔術的文脈で語られていた自然の力にたいする物理学的で数学的な把握－力概念の脱魔術化－が進められていった。 
<u>その延長線上に科学技術による自然の征服という思想が登場する。実際、ベーコンにとって、自然研究の目的は「行動により自然を征服」することにあった。</u>『ノヴム・オルガヌム』には「技術と学問は自然に対する支配権を人間に与えるもの」と明記されている。<u>機械論哲学の徒デカルトもまた『方法序説』で、「私たちは自然の主人公で所有者のようになることができる」と語っている。</u>
それと同時にベーコンは、科学技術研究の近代的なあり方をはじめて提唱した。彼は、近代科学技術研究のあり方として、選ばれた専門の研究者集団が国家の庇護のもとで先進的研究と技術革新を組織的かつ目的意識的に遂行するべきことを提唱し、晩年の『ニュー・アトランティス』において、その機関として「ソロモン学院」を描き出している。

<u>このガリレオの実験思想、デカルトの機械論、ニュートンの力概念による機械論の拡張、そしてベーコンの自然支配の思想を背景に、近代の科学技術思想が形成されていった</u>。自然と宇宙に見られるさまざまな力を探しだし、その法則を突き止め、それを自然の支配のために制御し使役するという目的において、近代の科学技術は自然魔術思想の継承である。しかし、近代科学は古代哲学における学の目的であった「事物の本質の探究」を「現象の定量的法則の確立」に置き換えただけではなく、魔術における物活論と有機的世界像を要素還元主義にもとづく機械論的で数学的な世界像に置き換えることで、説明能力においてきわめて優れた自然理論を作り出した。そして<u>同時に近代科学は、おのれの力を過信するとともに、自然にたいする畏怖の念を忘れていった</u>のである。
　
※【福島の原発事故をめぐって　山本義隆著】より引用
</blockquote>
　
<img alt="%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%AA.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%AA.jpg" width="88" height="130" /><img alt="%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%B3.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%B3.jpg" width="104" height="130" /><img alt="%E3%83%87%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%87%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88.jpg" width="104" height="130" /><img alt="%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3.jpg" width="105" height="130" />
（左からガリレオ・ガリレイ、フランシス・ベーコン、ルネ・デカルト、アイザック・ニュートン）<br>
　
ガリレオは自然現象に対して、<span style="color:#ff3300;">現実にはない理想（架空）状態を前提とした実験で、自然の法則を数学的に定式化</span>することを試み、同時代のベーコンは、帰納法による科学実験手法を確立しますが、<span style="color:#ff3300;">自然は人間の奴隷・支配対象であるという観念を大前提</span>として実験を繰り返しました。
その後、デカルトが二元論によって<span style="color:#ff3300;">自然は目的や生命や精神性を全く持たずに機械的（数学的）法則に従って動くもの</span>であると提唱し、ニュートンが、<span style="color:#ff3300;">ガリレオやベーコンやデカルトらの成果を統合する数式や理論をまとめて、還元主義的機械論科学が確立</span>されました。
　
この自然を現実状態から切り離して解釈していく過程で、自然は説明・再現可能→支配可能な対象と劣化認識され、「科学技術による自然の征服」という思想が誕生したと考えられます。
　
※ガリレオ、ベーコン、デカルト、ニュートンについて
　
<span style="color:#6666ff;">●ガリレオ・ガリレイ（1564～1642：イタリア）</span>
理想化状態での実験で測定して定量化できる物体の形状・数量・運動（位置変化）のみが第一義的な特性であると主張。
※物質の量的特性だけに注目することで、自然を数学的に理解できる対象（≒機械）としてみなす思想の基礎を形成。
　
<span style="color:#6666ff;">●フランシス・ベーコン（1561～1626：イギリス）</span>
ガリレオと同時期に帰納法（多くの個別的・特殊的な事象から共通点を抽出して一般法則を導き出す）による実験科学的手法の確立。
自然の持つ秘密は機械的装置を用いた拷問によって引き出せるとし、科学の目的は、自然を支配・征服することと主張。
※ジェームズ一世の下で大法官を務め、魔女狩り裁判にも精通し、科学的実験結果を用いて伝統的な諸学派の思想を徹底攻撃した。
　
<span style="color:#6666ff;">●ルネ・デカルト（1596～1650：フランス）</span>
心身二元論（精神領域と物質領域）による複雑な問題の細分化分析方法を掲げ、物質的な宇宙（自然）は完全な機械で、正確な数学的法則に支配されているとの機械論を提唱。
また、科学的知識は、人間を資源の支配者と所有者にすることに役立つと断言。
　
<span style="color:#6666ff;">●アイザック・ニュートン（1643～1727：イギリス）</span>
非接触の物体間にも神の存在の延長である“力”が作用することで、自然の諸現象・運動が機械論で説明できることを数学的に示した。
コペルニクス、ケプラー、ベーコン、ガリレオ、デカルトなどによる成果を統合することに成功した。
　
【参考】
<a href="http://www.toyo.ac.jp/fba/keieironshu/pdf60/08_matsuyuki.pdf">近代科学の形成と還元主義的機械論科学の特質</a>
　
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆「対象の矮小化→捨象」が科学技術思想の形成過程</strong></span><br>
　
17世紀に起こった科学革命の中で、科学技術思想が生まれてきましたが、必ずしも未解明の対象を明らかにすることで確立されていったわけではありませんでした。

<blockquote>
１４．十七世紀科学革命の真実

　技術者によって進められた十六世紀文化革命は、自然認識における経験の重要性を強調し、自然研究の主要な手段として定量的測定と実験的方法を押し出した。

　近代力学とそれにもとづく宇宙像（太陽系像）はデカルトとガリレオによる運動理論の定礎と、ケプラーからニュートンにいたる太陽系の秩序の解明によって形成された。

　ガリレオがその公式を現実の物体の運動を表すもの、それゆえ実験的に検証可能でかつ実験と測定で検証されるべきものとしていたのに対して、スコラ学者のものは現実の自然とは無関係な仮想の議論、つまり知的なエクササイズでしかなかった。

　しかし、<u>ガリレオは、物体は「なぜ」落下するのか、さらには落下のさいに「なぜ」加速されるのか、というそれまでの自然学の設問それ自体を退け、物体は理想と考えられる状況において「どのように」落下するのかという問題－落下の様態の数学的表現の確定－　に自然科学の守備範囲を限定したのである。</u>

　また、<u>ニュートンは、万有引力の法則を数学的に定式化したが、重力の本質（なぜ引き合うか）を明らかにせず、自ら棚上げにしている。</u>
　
※【一六世紀文化革命　山本義隆著】より引用
</blockquote>
当時の科学者達が、本質を解明できない以前に解明しようとしなかったのはなぜでしょうか？
　
それは、彼らにとって一番重要なことは、自分たちのパトロンである金貸しの欲求（＝私権獲得）に応えることであったからです。
ゆえに、彼らが取り組む科学にとっての最重要課題も目先の私権獲得の道具となることでした。
　
よって、私権獲得に直接関係しない本質的な疑問は容易に棚上げされたのです。
このことは、ガリレオの弁に端的に表れています。

<blockquote>今ここで自然運動の加速の原因が何であるのかについて研究することは適当ではないと、私には思われます。これについては、いろいろな哲学者が種々の意見を提出しております。……これらのすべての空想はその他のものとともに検討を加えねばならないでしょうが、<u>そのことで得られるものはわずかしかありません。現在われわれの著者〔ガリレオ〕の求めているところは（その原因は何であれ）そのように加速された運動のいくつかの性質を研究し説明することにあるのです。</u>
<br>
※【一六世紀文化革命　山本義隆著】より引用
</blockquote>

つまり、科学技術思想は、私権獲得を第一義とする金貸しの欲求に基づいて現実対象を矮小化→捨象する過程を経て形成されたと言えます。
　
課題の全体（本質）を矮小化→捨象して、私権獲得に都合のいい部分だけを追求し、一面的な目先の成果を積み重ねた結果、未解明課題がたくさんあるにも関わらず<span style="color:#ff3300;">、<span style="font-size:125%;">「科学技術は万能である」という誤った万能観</span></span>が芽生えていったと考えられます。
　
　　
近代科学の礎をなしたと言われている科学者達にとっては、あくまでも金貸し＝パトロンの意向に沿うことが最重要課題（＝科学者達は金貸しの手先）で、科学技術思想が、現実対象の矮小化→捨象によって歪んだ科学万能観を生み出したとすると、この<span style="color:#ff3300;"><span style="font-size:125%;">近代前夜の科学の“進歩”は、科学が自然の摂理から大きく逸脱していくターニングポイント</span></span>であったのではないでしょうか。
　
　
　
今後の記事では、科学理論が実践に先行して導き出される技術＝「科学技術」が誕生し、国家規模で取り組んで行く近代以降の変遷を追究していきます。

]]>
   </content>
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   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』（６）大航海時代（15ｃ中～17ｃ中）～戦争と市場拡大により発達した鉱業による、近代科学と生産関係の変化～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2012/01/001010.html" />
   <id>tag:blog.sizen-kankyo.net,2012:/blog//1.1010</id>
   
   <published>2012-01-03T01:07:03Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:28:58Z</updated>
   
   <summary> （※右側の写真は賢者の石を求める錬金術師、左側の写真はホムンクルスを作り出す錬金術師） 「科学技術万能観」がどのようにして形成されてきたのか？を追求するシリーズ第６回目です。 前回の記事で、ルネサンス期は、自然に対する畏怖の念を中世から受け継いでいたものの、自然を学ぶことで人間が宇宙の力・自然のエネルギーを使役しうるという信念が公然と語られ始めたことがわかりました。 今回は、この自然観の変化が、大航海時代の戦争、航海という実学を通してどのように変化していったのか？ここに焦点を当ててみたいと思います。 大航海時代は、15世紀中ごろから17世紀中ごろまで続いたヨーロッパ人によるインド・アジア大陸・アメリカ大陸などへの植民地主義的な海外進出をいう。国王、ローマ法王ともに、海外侵略を強力に後援し、競い合って、莫大な利益を手に入れた。(Wikipedia より) この私権拡大競争（戦争）を勝ち残るために西ヨーロッパで、航海、金属精錬、とりわけ製鉄技術が発展し、これがヨーロッパ人が地球の支配者として立ち上がることを可能にした物質的条件でした。 そしてそれが、近代科学と賃金労働による分業という近代の生産関係の土台を形成していくと同時に、自然観への転換も伴っていたのです。  　   今回も、山本義隆氏（※リンク）の著書（【十六世紀文化革命「第四章　鉱山業・冶金業・試金法」　山本義隆著】）の中身を紹介しながら進めていきます。 ...</summary>
   <author>
      <name>runryu</name>
      
   </author>
         <category term="B.科学史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="B01.科学はどこで道を誤ったのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="%E2%97%8F%E8%A1%A8%E7%B4%99%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%AB_%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8_1.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E2%97%8F%E8%A1%A8%E7%B4%99%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%AB_%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8_1.jpg" width="400" height="280" />

<span style="font-size:80%;">（※右側の写真は賢者の石を求める錬金術師、左側の写真はホムンクルスを作り出す錬金術師）</span>
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<br>

<span style="color:#ff3300;">「科学技術万能観」</span>がどのようにして形成されてきたのか？を追求するシリーズ第６回目です。<br>

前回の記事で、<span style="color:#ff3300;">ルネサンス期</span>は、自然に対する畏怖の念を中世から受け継いでいたものの、自然を学ぶことで人間が宇宙の力・自然のエネルギーを使役しうるという信念が公然と語られ始めたことがわかりました。<br>
今回は、この自然観の変化が、<span style="color:#ff3300;">大航海時代の戦争、航海という実学を通してどのように変化していったのか？ここに焦点を当ててみたいと思います。</span>
<br>

大航海時代は、15世紀中ごろから17世紀中ごろまで続いたヨーロッパ人によるインド・アジア大陸・アメリカ大陸などへの植民地主義的な海外進出をいう。国王、ローマ法王ともに、海外侵略を強力に後援し、競い合って、莫大な利益を手に入れた。(<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%88%AA%E6%B5%B7%E6%99%82%E4%BB%A3">Wikipedia</a> より)

この私権拡大競争（戦争）を勝ち残るために西ヨーロッパで、航海、金属精錬、とりわけ製鉄技術が発展し、これがヨーロッパ人が地球の支配者として立ち上がることを可能にした物質的条件でした。
そしてそれが、近代科学と賃金労働による分業という近代の生産関係の土台を形成していくと同時に、自然観への転換も伴っていたのです。<br>
<br>
<a href="http://blog.with2.net/link.php?542299" target="_blank"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/pic/banner2.gif" width="88" height="31" border="0"></a> 　<a href="http://eco.blogmura.com/" target="_blank"><img src="http://eco.blogmura.com/img/eco88_31_femgreen.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 環境ブログへ" /></a>  <br>
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今回も、山本義隆氏（※<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E7%BE%A9%E9%9A%86">リンク</a>）の著書（<a href="http:// http://www.msz.co.jp/book/detail/07286.html ">【<a href="http://www.msz.co.jp/book/detail/07286.html">十六世紀文化革命</a>「第四章　鉱山業・冶金業・試金法」　山本義隆著】</a>）の中身を紹介しながら進めていきます。<br>
]]>
      <![CDATA[ :m206: <br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ １．古代・中世の鉄の生産方法</strong></span><br>
<blockquote><span style="color:#ff3300;">１５・１６世紀の西ヨーロッパで大きく変革を遂げ発展した技術は航海と戦争、金属精錬、とりわけ製鉄技術であった。これらはヨーロッパ人が地球の支配者として立ち上がることを可能にした物質的条件である。<br></span>
とくに製鉄技術の変革およびその他の金属（とくに銅と銀）の生産の飛躍的増加がもたらしたものをみてゆく。<br>
古代から中世前期にかけてヨーロッパでは、炉は高さ１メートルあまりの筒型のもので、燃焼に必要な空気は自然通風か簡単な手動の鞴（ふいご）で供給されていた。これではそれほどの高温は得られなかった。<br>

製鉄には大量の木炭を必要とし、炉の立地は木炭の生産に適した森林地帯が選ばれていた。
ヨーロッパに限ったことではないが、古来、<span style="color:#ff3300;">鉱山業や冶金業は錬金術や魔術と密接に関わっていた。</span><br>

ヨーロッパでは大地の胎内にあるすべてのものは懐妊の状態にあると考えられていた。鉱石はある意味で胎児であり、地下の鉱脈は、長い時間をかけて地中で樹木のように生い茂り生長し続けていると信じられていた。従って、鉱山はしばらく採掘せずに放置しておくと鉱石が再生され生産性が高まると言い伝えられていた。実際この話は１７世紀のイングランドのロバート・ボイルも記しているのであり、生きている鉱脈の観念はヨーロッパでは科学革命の時代まで語りつがれていた。<br>

金属の生長過程は金属が卑賤なものからより高貴なものに成熟してゆく過程であると考えられており、「妨げるものが何もなければあらゆる鉱石はやがて金になる」と信じられていた。従って、<span style="color:#ff3300;">錬金術師の仕事はその阻害要因を排除することによって人為的に金属の生長を促進することにある。すなわち錬金術とは「鉱物を熟させ、金属を純化する技術」なのである。</span> <br>

錬金術と地続きの冶金術も神的な、魔術的な秘儀であった。
刀鍛冶は職人というよりは魔術師であった。鍛冶師は神の助手であり、その技をみだりに明らかにしてはならなかった。この秘密厳守の姿勢は、中世には職人の同業組合（ツンフトないしギルド）の縛りによって強化されてゆく。<br>

それというのも、刀鍛冶、焼入れ師、研ぎ師の技術は高く評価されていたが、その反面、ある種の畏れをもって見られていた。<span style="color:#ff3300;">中世には鍛冶が剣に魔法をかけることができ、悪魔の力を借りてすべてに打ち勝つ剣を作ることができると信じられていた。</span>それゆえ一方で「親方になろうとする鍛冶職人は、魔法をしないと誓わねばならなかった」のであるが、他方で、その技術は一子相伝の秘法とされ厳格に管理されていた。<br>

金属加工のこのような閉鎖性とたこつぼ化は、その技術の秘密をきわめて狭いグループの内部に閉じ込めることになった。</blockquote>
<br>

<img alt="%E2%97%8F%E6%96%B0new_%E3%81%B5%E3%81%84%E3%81%94%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%AB.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E2%97%8F%E6%96%B0new_%E3%81%B5%E3%81%84%E3%81%94%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%AB.jpg" width="350" height="241" />
錫製錬(『デ・レ・メタリカ』 G. アグリコラ　1550　<a href="http://www.geocities.jp/e_kamasai/kanren/kan5-2.html">リンク</a>　より
<br>
<span style="color:#ff3300;">その後、火薬の発明により戦争の主力兵器が鉄砲大砲に変わることによって、鉄製需要が急増し、ヨーロッパの製鉄技術が発達していきます。</span><br>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ ２．製鉄方法の近代化</strong></span><br>
<blockquote>この事情が大きく変化するのが１６世紀である。この時代になって、鉱山業・冶金業にかんする技術文書が出回りはじめる。それは、１５世紀中期の印刷術の発明に負う所が大きいが、それとともに金属精錬の技術と形態が大きく変化し、また生産規模が急速に拡大し、関連事業に就労する人口が増加し、組合による縛りが緩みはじめたことによる。<br>

製鉄技術について言えば、変化は水力利用から始まった。水車は１２世紀に砕鉱に利用されるようになり、炉の立地はしだいに河川沿岸に移っていった。決定的な変化は炉自体の大型化とともに鞴（ふいご）も大型化され、その駆動に水車がもちいられるようになったことにある。１４世紀のことである。これによって、炉内の温度がはるかに高くなり、融けて液状化した鉄が得られるようになり、この溶銑から均質の鉄を作り得ることが判明し、しかも鋳鉄需要が高まったので、ここから高炉の建設が始まる。<br>

この溶銑を直接鋳型に流し込むことにより鉄の大量鋳造が可能になる。この銑鉄は炭素を多く含み硬くて脆いが、これを精錬炉で燃やし含有炭素を減らせば錬鉄が得られる。こうして、高炉での銑鉄製造と精錬炉での精錬という二段階の近代の製鉄方法の基本手順が確立され、以後、製鉄所の立地には、動力に水の使える場所として川岸が選ばれるようになった。<br>

<span style="color:#ff3300;">この技術革新の背景には、火薬の発明による軍備と戦術の変化があった。</span>
火砲と大砲を主力兵器とするにいたった戦争形態の変化が城壁と騎士に守られた封建領主の軍事力を無力にし、中世を崩壊させる遠因となる。そして１６世紀の王権による常備軍の形成は、刀や槍にかわって大量の鉄砲や砲弾を必要とすることになり、青銅とともに鋳鉄の大量需要を呼び起こした。高炉方式の導入を促したのは、鉄製大砲の需要の増加であった。
こうして高炉による鉄の大量生産が始まると、炉はより大型化され、製鉄所の経営規模も拡大してゆき、その経営形態も変化していった。そこで働く職人が自営業者として各工程を請け負っているのではなく、<span style="color:#ff3300;">賃金労働者としての職人に資本家が各工程を割り当てている。製鉄工程が変化しただけではなく、労働形態もが変化している。</span>製鉄業の資本主義的組織への移行は、高炉の発明と密接に結びついていたのである。<br>

こうなると中世の組合制度はむしろ桎梏となる。その変化を加速することになるのが、製鉄や冶金の技術文書の１６世紀における登場である。技術が組合の秘伝であった時代は去りつつある。</blockquote>
<br>
<span style="color:#ff3300;">資本主義の生産関係、つまり資本家－賃金労働者という階級分化の起源が、西欧の製造業の生産規模拡大と分業化にあることが注目点です。
それは、職人組合（ギルドやツンフト）という集団の担い手であった職人たちをバラバラの個人（雇われ人）に解体し、かつ生産の場（職場）と消費の場（家庭）が完全に分離することを意味します。</span>
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ ３．試金と冶金の技術の暴露</strong></span><br>
<blockquote>ヨーロッパの鉱山業は１２世紀から成長をつづけ、１４世紀中頃にひとつのピークを迎える。ところが、１３４８～５１年の黒死病の大流行でヨーロッパの人口が激減し、多くの鉱山が見捨てられた。しかし、１５世紀前半に人口がしだいに回復するとともに、<span style="color:#ff3300;">正貨と火砲のための金属需要が供給量を上回るようになって、１５世紀なかば以降、鉱山業が有望なビジネスになった。</span><br>

とくに１４５３年までつづいた英仏戦争をフランスの青銅砲が終結させた直後から大砲の需要は長期におよび急成長の段階に入った。のみならず、銅と銀は、当時、西アフリカやアジアとの交易品として、また貨幣の鋳造や武器の製造の素材として重要性を増した世界商品であった。
<span style="color:#ff3300;">このように１４５０年から１５３０年代まで、ヨーロッパにおける金属鉱石の生産は拡大をつづけたが、それは、硬貨鋳造と軍事目的の強い要求に基づいていたのである。</span><br>

こうして青銅の主要な原材料としての銅の産地であって、しかも<span style="color:#ff3300;">ヨーロッパ経済のための通貨としてもちいられた銀の大部分を供給した中部ヨーロッパに空前の鉱山ブームが到来した。１４５０年から１５３０年までの間に、中欧における銀や銅やその他の金属の生産量は実に数倍に増加したと言われる。</span><br>

技術面で見れば、銅鉱にふくまれている銀を鉛をもちいて抽出する方法が１４５１年にヨハネス・フンケンにより開発されたことが、中部ヨーロッパの採鉱業と冶金業の発達に大きな刺激を与えた。
それは銀と銅の生産を同時に高めることになり、一説には「ルネサンス期工業の発展にとっては、この発明は数年前の印刷術の発明より重要であった」とまで言われている。
鍛冶職人の技術においても、錬金術の神秘性を一段上位のものと認めつつも、冶金技術が錬金術の伝統から自由になろうとしていた。当時印刷された冶金術の冊子では、錬金術が開発したテクニックの実用使用法を記したもので、使用されている言葉は平明で具体的であり、中世錬金術の比喩的な用語や意味不明なシンボルもない。そこには、錬金術と地続きに見い出された技術であるにせよ、それを隠匿するのではなく、むしろ積極的に広く公開し、多くの者の経験をくみ上げ共有化してゆこうとする近代的な志向が明確に読み取れる。<span style="color:#ff3300;">それは技術と技術者が近代科学の形成に参画してゆく大きな契機であり、そのことが１６世紀文化革命を特徴づけるものである。</span></blockquote>
<br>
 <span style="color:#ff3300;">兵器需要と貨幣需要に応える鉱業技術者を庇護したのも、金貸しあるいは都市の貴族でした。</span> 鉱業業や冶金業や貨幣鋳造に関する技術書を書いた人に、ビリングッチョ、アグリコラ、パラケルスス、ラザルス・エルカーなどがいます。以下にビリングッチョを紹介します。
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ ４．ビリングッチョをめぐって</strong></span><br>
<blockquote>ヴァンノッチョ・ビリングッチョは１４８０年にイタリアの商業都市国家シエナの建築家の家庭に生まれた。
火器と火薬の製造に従事し、とくに大砲の鋳造と穿孔には深い経験を有する軍事技術者のようである。シエナは以前にもタッコラやフランチェスコ・ディ・ジョルジョといった軍事工学にくわしい技術者を輩出している。強力な隣国フィレンチェの圧力や度重なる傭兵隊の略奪が軍事技術への関心を高めたのかもしれない。<br>

ビリングッチョはシエナの有力貴族ペトルッチ家の庇護で青年時代にイタリアとドイツを旅行して鉱山業・冶金業を視察し、帰国後、鉄鋼山と製鉄所で働き、１５１３年にシエナの兵器製造廠に就職した。１５１５年・２６年のシエナの人民蜂起にさいしてはパトロンの貴族とともにシエナから追放されたが、２９年にはフィレンチェ共和国のために巨大なカルヴェリン砲を鋳造し、３０年にあらためて追放解除となり、シエナに戻り、３１年から武器の鋳造や要塞の建設の仕事に従事している。１５３６年には教皇パウルス３世によってローマに職を与えられ、３８年に教皇庁の鋳造所の責任者に任命されている。
<span style="color:#ff3300;">彼は政治的には庇護者の貴族と運命をともにしたが、根っからの技術者で、大学教育やスコラ学とは無縁であった。</span>
<span style="color:#ff3300;">その著『ピロテクリア』の特徴の第一は、新しい産業社会の経営者の視点で書かれていることにある。</span>
「鉱石が存在し、いかなる金属がどのくらいふくまれているかが判明し、算盤をはじいて予測し、経費がかかっても十分な収益が見込まれるならば、勇気をもって着手し、細心の注意をはらって採鉱をつづけるように私は勧める」「山はすべての富の母胎であり、山には宝が埋まっている」とあるように、本書は技術者のための技術書であるだけではなく、鉱山と精錬所経営のための指針であり手引きであった。<br>

同書の第二の特徴は、それまでの知識人にひろく浸透していた手仕事にたいする蔑視がまったく見られないことにある。しかも著者は、その作業の実態、現場の労働者の実情を熟知している。著者は「私は自分自身の目をとおして得た以外の知識はもっていない」とはっきり断っている。その内容を構成しているのは、中世の文書偏重の学の対極にある経験と実践にもとづく知である。<br>

そして本書の第３の特徴は、定性的観察だけではなく、<span style="color:#ff3300;">定量的測定の重要性が隋所に指摘され実行されていることである。</span>自然科学（化学）の観点からとくに注目すべきことは、金属を燃やす（＝高温で酸化させる）ことによる質量増加を定量的な測定をふくめてはじめて記述したことである。<br>

新しい技術である火砲に使用される火薬の硝石と炭素と硫黄の重量比率が、砲の大きさに応じて３通り与えられている。すなわち、重い大型の砲では３：２：１、中位の砲では１０：３：２、火縄銃やピストルのような小火器では１０：１：１。また、最新の技術である活字鋳造に用いられる合金の成分が、定量的な重量比とともに記されている。<br>

また、<span style="color:#ff3300;">定量的測定の重要性が経済的利害から論じられている。</span>アリストテレス自然学は質の自然学であり、そこには定量化への志向が希薄であった。<span style="color:#ff3300;">それに対して近代になって定量化の視点が登場した背景には、他でもない商品生産と貨幣経済の広がりがある。</span>　<br>

もちろん技術者だけがその影響を受けたわけではない。生産された鍛鉄を「注意深く秤量すること」は資本家としての工場主の義務であった。賃労働による商品生産という形で進められる生産規模の拡大と分業化は、関与するすべての者に対して厳密な定量化を促し「計量と計測の精神」を植えつけたのである。</blockquote>
<br>
<img alt="%E2%97%8F%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%B3untitled.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E2%97%8F%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%B3untitled.jpg" width="300" height="300" />
ビリングッチョ 『火工術』　<a href="http://www.kufs.ac.jp/toshokan/gallery/i-11.htm">リンク</a>　より
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ ５．錬金術と各種の技術</strong></span><br>
<blockquote>そして近代化学が成立する以前に、化学にとって基本的な事実を見出し、必要な知識を蓄積していったのは、このような１６世紀の技術者の実践であった。冶金や試金の領域では「１６世紀や１７世紀には職人の知識は理論のはるか先を進んでいた」のである。<br>

これまで錬金術は近代化学のひとつの起源だとしばしば語られてきた。
それは間違いないが、<span style="color:#ff3300;">錬金術がそれまでに開発してきたテクニックが近代化学と近代技術の財産目録に加えられていったのは、１６世紀の実際的な職人や技術者の努力による。</span>技術者による錬金術技術の継承というワン･クッションを置いてはじめて、錬金術の知識と技術が１７世紀以降の化学者の手に届いたことを忘れてはならない。<br>

ところで、錬金術が近代化学と決定的に異なるのは、錬金術のもつ秘密主義と韜晦体質であったが、その点を克服したのもまた、ビリングッチョをはじめとする１６世紀の技術者たちであった。<br>

ビリングッチョの『ピロテクニア』の特徴は、新しい技術を記しているだけではなく、それまでギルドやツンフトの内部でのみ語り継がれていて世に知られていなかった技術を、初等教育を受けてさえいれば職人でも読める俗語で公表したことにある。それは、たんに教化や啓蒙というよりは、より積極的な「秘密の暴露」の性格を隋所に示している。金属鋳造の技術の詳細も、同書によってはじめて公にされた。
それまで秘密にされてきた技法・ノウハウを手に入れるために、ビリングッチョは並々ならぬ意欲を示している。<br>

ビリングッチョは知識の公開それ自体を重視していたのであり、この点では彼は錬金術の韜晦体質や中世の職人組合の秘密主義を超克していた。<span style="color:#ff3300;">彼は徒弟制度によらず自力で広く知識を習得した技術者であり、自立した技術者として貴族に庇護され、あるいは市や教皇庁に雇われている。</span>彼にはギルドやツンフトの縛りを気にしなくてよい自由な立場にあったと考えられるが、それと同時に中世の組合の融解がすでに始まっていたのである。<br>

この時代には、その他にも、それまでギルドの内部でのみ知られていたマニュアルやレシピの類がいくつも書かれ印刷された。それらはデッラ・ポルタの『自然魔術』（初版１５５８年）にいたるまでの「秘密の書」と総称される一群の冊子であり、それらが実験を奨励し、１７世紀の実験科学の興隆の土台を形成した。<br>

<span style="color:#ff3300;">手工業が資本主義的経営に移行するにつれて、職人や技術者による技術知識の公開は、多くの分野で始まっていたのである。そしてそれこそが錬金術を過去にものにしていった動きであった。</span></blockquote>
<br>
ヨーロッパ国内の戦争と市場の拡大によって兵器や貨幣の需要が高まり、鉱山業が発達し株式会社などの資金調達の方法も登場します。その結果、鉱山に巨額な資金を投資できる金貸しに利益が集中し、フッガー家のように鉱山の収益で大富豪にのし上がるものが登場します。
フッガー家はハプスブルグ家などの王家にお金を貸しており、<span style="color:#ff3300;">既に資金を蓄積した金貸しの力が、王家の力を上まり出している</span>事が伺われます。<br>
<span style="color:#ff3300;">この時代の科学技術は、まさにこういった金貸したちの利益を追求する手先</span>となり、中世の錬金術師たちが徒弟制度の中で秘匿してきた様々な技術情報を公開し、金貸したちに鉱山運営のノウハウを伝授し、大量の賃金労働者を効率よく働かせるためのマニュアルを作り出していきます。
しかし、大航海時代に入り新世界の植民地で、奴隷労働により大量の金属が作られ、ヨーロッパに輸入されるようになると、ドイツ地方等で鉱山に投資した金貸しは没落し、金融と植民地貿易に従事する金貸しが力をつけ、活動の拠点を世界貿易の中心であるオランダやイギリスに移していきます。<br>
この動きを受けて科学技術も、鉱山に関する分野から、貨幣や鉱石の価値を正確に評価する事が出来る試金へと変わっていきます。
<br>
<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ ６．十進法の誕生</strong></span>
<br>
<blockquote>精密の測定の重要性は鉱石だけではなく貨幣においても重要だった。当時、商品経済が広域化しいくつもの国の異なる貨幣が同時に流通するだけではなく、有力な領邦君主も造幣所を有しその経営も私人に請負わされていた。おまけにイスラムの金貨や銀貨も流通し、偽造貨幣も少なくなかった。金銀細工師や両替商人は貨幣を受領するに先立ってその金属内容を明らかにするために試金が必要だった。16世につくられた多くの商業数学の教科書にも貨幣鋳造の問題が必ず記載されていた。
エルカーは<span style="color:#ff3300;">試金の中心任務はむしろ貨幣であるとし、試金に携わり精勤してきた物は君主や土地所有者や有力な都市国家から心からの感謝を得てきただけでなく、他の人たち以上に重用され顕彰されてきた</span>と述べている。<br>
 
計算という意味では、当時の貨幣単位は12デナリウス＝１ソリドゥス、２０ソリドゥス＝１リーブラというきわめて厄介な物であった。それに輪を掛けて職人が使用してきた計算システムと度量衡単位は複雑な物であった。例えば銅と銀の試金用重量システムでは、１ツェントネル＝100試金ポンド＝110坑夫ポンド。1ポンド＝2マルク＝32ロット＝128クィンテリンである。
ここで十進法を考案したのは、日々その不便を感じていたであろう試金技術者のシュライトマンであった。このシュライトマンのシステムは普及しなかった。十進法が活用されるのはフランス革命以降であり、職人の保守性がこういう所に見られる。
<br>
<br>
15世紀・16世紀における戦争技術の変革と貨幣経済の拡大は西ヨーロッパにおける鉱山業の発展を促し、冶金法、試金法の書籍をいくつも生み出した。<span style="color:#ff3300;">知識が公開されなければならないとする彼らの主張は、冨は善であり、鉱山は冨を生み、その高い生産性のために実践的な技術が要求されるという、資本主義に関する信念に係わっている。</span><br>

近代化学の形成において、冶金術や試金法の影響は錬金術より直接的だった。計量と測定の精神を植え付けたことは後の分析化学に引き継がれていく物でありその意義は大きい。エルカーや他の試金者の重要性が化学史家によって十分に評価されていない。観測天文学者と同等な評価を与えられてしかるべきである。
定量的測定の重視という数量化革命は商業の世界において計算術の発展から16世紀における代数学の飛躍的発展、数学革命を生み出すことになる。
<span style="color:#ff3300;">以上に見てきた技術的発展がアカデミズムとは全く無縁な技術者の実践から生み出されたこと、その著書がラテン語ではなく俗語で著わされたことに16世紀の学問世界における大規模な地盤の変化を見て取ることが出来、17世紀以降の科学革命の基盤を形成した。</span>　</blockquote>

<img alt="%E2%97%8Fsinnnew_tetu%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%AB.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E2%97%8Fsinnnew_tetu%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%AB.jpg" width="400" height="77" />
<br>
１５世紀・１６世紀における戦争技術の変革と貨幣経済の拡大は西ヨーロッパにおける鉱山業の発展を促しました。
そして、１６世紀末から激化した西欧国家間の植民地争奪戦争に勝つためには、制覇力たる工業力を発達させることが必須であり、そのために国家が科学技術に取り組む必要がありました。
<br>
国王、金貸し、都市の貴族にとって、冨は善であり、鉱山は冨を生み、その高い生産性のために実践的な技術が必要とされたのです。
製鉄所経営においては費用対効果（算盤勘定）の視点から<span style="color:#ff3300;">計数化志向</span>が生まれ、合金製造の必要も相まって、<span style="color:#ff3300;">定量化と計数化を金科玉条とする近代科学成立の土台</span>となりました。
<br>
それまでの、知識人による文書偏重の思弁的な学問にかわる職人・技術者の経験重視の科学の重要性と有効性が明らかにされてきました。
そして、<span style="color:#ff3300;">職人・技術者を中心に作り上げてきた「日常に役立つ」技術が、次第に「自分たちの戦争、市場拡大（＝私権拡大）に役立つ」技術に大きく変化</span>していきます。
<br>
そしてそこには、<span style="color:#ff3300;">まだ自然に対する畏れを抱き人間の技術は自然に及ばないと考えていた１６世紀までの職人たちの自然観から、科学と技術で自然を支配しうると考えた１７世紀の科学者の自然観への転換</span>をともなっていたのです。
<br>]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』（５）ルネサンス(14～16c)～自然魔術による自然支配観念の萌芽と、「科学」「技術」統合への流れ</title>
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   <published>2012-01-01T15:12:07Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:28:58Z</updated>
   
   <summary> 1434年にフィレンツェの実権を握った「コジモ・デ・メディチ」（1389～1464年、左写真）は、メディチ家の始祖で、ルネサンス初期の重要なパトロン。フィチーノやピコに古代魔術の書「ヘルメス文書」の翻訳を命じた。 福島原発事故によって、“原子力”を生み出した科学技術が万能ではないことや、人間が自然の力をコントロールすることなど到底不可能であることが誰の目にも明らかになりました。 こうした「科学技術万能観」がどのようにして形成されてきたのか？を追求するシリーズ第５回目は、山本義隆氏の著作である「磁力と重力の発見」及び「一六世紀文化革命」を元に、ルネサンス期に焦点を当て、その萌芽を探ってみたいと思います。 ルネサンス（仏: Renaissance 直訳すると「再生」）とは、一義的には、14世紀 - 16世紀にイタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的文化革命あるいは運動を指す。また、これらが興った時代（14世紀 - 16世紀）を指すこともある。(Wikipedia より) と一般的に定義されるルネサンスですが、その背景には、十字軍遠征（イスラムからの掠奪）による富の蓄積、その結果として商人（金貸し）によるベネチアやフィレンツェなどの都市国家の形成、そして、恋愛観念の蔓延があります。 ポイントは２点です。 １．自然魔術による自然支配観念の萌芽 ２．「科学(学問)」と「技術」の統合への流れ ...</summary>
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      <name>kota</name>
      
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         <category term="B.科学史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
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      <![CDATA[<img alt="%E3%82%B3%E3%82%B8%E3%83%A2%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%81.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/%E3%82%B3%E3%82%B8%E3%83%A2%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%81.jpg" width="200" height="310" />
1434年にフィレンツェの実権を握った「コジモ・デ・メディチ」（1389～1464年、左写真）は、メディチ家の始祖で、ルネサンス初期の重要なパトロン。フィチーノやピコに古代魔術の書「ヘルメス文書」の翻訳を命じた。
<br>
福島原発事故によって、“原子力”を生み出した科学技術が万能ではないことや、人間が自然の力をコントロールすることなど到底不可能であることが誰の目にも明らかになりました。
こうした<span style="color:#ff3300;"><strong>「科学技術万能観」</strong></span>がどのようにして形成されてきたのか？を追求するシリーズ第５回目は、山本義隆氏の著作である<a href="http://www.msz.co.jp/book/detail/08031.html">「磁力と重力の発見」</a>及び<a href="http://www.msz.co.jp/book/detail/07286.html">「一六世紀文化革命」</a>を元に、ルネサンス期に焦点を当て、その萌芽を探ってみたいと思います。

ルネサンス（仏: Renaissance 直訳すると「再生」）とは、一義的には、14世紀 - 16世紀にイタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的文化革命あるいは運動を指す。また、これらが興った時代（14世紀 - 16世紀）を指すこともある。(<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B9">Wikipedia</a> より)

と一般的に定義されるルネサンスですが、その背景には、<span style="color:#ff3300;">十字軍遠征（イスラムからの掠奪）による富の蓄積、その結果として商人（金貸し）によるベネチアやフィレンツェなどの都市国家の形成、そして、恋愛観念の蔓延</span>があります。
<br>
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<br>
ポイントは２点です。<br>
<span style="font-size:125%; color:#ff3300;"><strong>１．自然魔術による自然支配観念の萌芽</strong></span>
<span style="font-size:125%; color:#ff3300;"><strong>２．「科学(学問)」と「技術」の統合への流れ</strong></span>
]]>
      <![CDATA[<br>
<span style="font-size:125%; "><strong>◆　◆　◆１．自然魔術による自然支配観念の萌芽</strong></span> 

古典古代の文化を復興しようとする流れの中で、中世キリスト教社会においては異端として抑圧され地上からは放逐されていた<span style="color:#ff3300;">“魔術”</span>が、15世紀になって公然と地表に出現しました。「磁力と重力の発見　第10章　古代の発見と前期ルネサンスの魔術」より引用します。

<blockquote>
中世後期からルネサンスにかけてヨーロッパでは、ギリシャ・ローマの古典古代は近代より優れており、さらに遡って大洪水以前の預言者たちは神により近いいっそう優れた人間であり、神から授かった真理をわがものとしていたと本気で信じられていたという事情があった。</blockquote>

こうした意識の中で、一方では古代ギリシャ・ローマ時代の古典研究、古代文書の発掘を中心とした人文主義活動がはじまり、また一方では、神学・哲学・占星術・錬金術・魔術におよぶ古代文書である<span style="color:#ff3300;">「ヘルメス文書」</span>の翻訳がなされました。このヘルメス主義の中心的な思想とは・・・

<blockquote>
全宇宙は神の加護のもとにあり、生命を有し、力に満ちた単一の有機体(生き物)で、人間もまた神に準ずる有機体として天界の力を受けていきているのであり、知識と技術をもって事物に働きかけるのである。そしてこのような有機体的世界像を背景にもつ基本思想は、選ばれし探求者にはその宇宙の神秘が解き明かされ、その力を自在に操ることが可能になるという所論にあった。それゆえルネサンスの時代には、<u>選ばれし者にのみ古代からひそかに伝えられてきたその知識を探りあて、その技術を習得すれば、古代の賢者に近づき、卓越した能力を身につけることでできる</u>と信じられていたのである。『ヘルメス文書』にいわく

人間は神的な生き物であって、他の地上の生き物などに比べられるべきではなく、上なる方、天に住み、神々と呼ばれる者にこそ比べられるべきである。あるいは敢えて真理を語らざるをえないとすれば、<u>真の意味での人間は神々より上ですらありうる。いや、力の点では両者はすくなくとも対等である。</u>

叡智は神と人間にだけ与えられているがゆえに人間は偉大であり、人は神のレベルにまで高められるというその思想は、宇宙における人間の役割にたいするそれまでの見方を決定的に変えるものであり、<u>人間解放というルネサンス人のエートスに強烈に訴えかけるものであった。</u></blockquote>

また、こうしたヘルメス思想や魔術思想を復権させた主要人物として、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%8E">マルシリオ・フィチーノ</a>と<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9">ジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ</a>がいますが、ピコが弱冠23歳にして15世紀末に著した「人間の尊厳について」には、次のように書かれています。

<blockquote>
『人間の尊厳について』の冒頭には、<u>「人間は偉大な奇蹟であり」そして「神は人間を中心に置いた」</u>と宣言されている。ピコは人間を宿命を甘受する受動的な存在としてではなく、自律的に決意し選択し主体的に世界に働きかける可能性を有する能動存在と見なす。</blockquote>

そして、

<blockquote>
<u>人間は欲することにより一切を認識し万物に君臨しうる、あるいは自然の主人にして支配者になりうる</u>というこの想念は、<u>中世における神と人間の関係を根本的に改めるもの</u>である。つまり、とするならば、神には許されていた奇蹟を人間が行使することも許されるであろうが、それはまさしく魔術である。すなわち人間中心説は、それと裏腹に魔術の復権をともなっていたのである。実際、<u>自然との関係において人間のこの能動性・主体性を保障する理論を提供してくれるものこそ、他でもない魔術であり、古代人の知恵のうちに隠されていたものである</u>と考えられたのだ。</blockquote>

こうして15世紀後半に復活した魔術思想がかなり短期間にヨーロッパ全域の知識人の間に影響力を持つに至りました。

<blockquote>
魔術がそれまでの土俗的で呪術的なものとは区別される<strong>自然魔術</strong>として改善をほどこされ、知的な装いをこらされていたこととともに、他方では、もちろんそのための社会的土壌が形成されていたことにある。すなわち、これまでの<u>貴族・僧侶・農民という三身分におさまらない都市市民が増大し力をつけてきた</u>ことに負っている。封建主義とキリスト教主義のイデオロギーによる支配が新興ブルジョアジーの台頭によって揺らぎはじめていたのであり、<u>人間中心的で人間の能力の拡大につながる魔術思想は、不断に生活条件の向上を求める活動的な都市市民層に訴えた</u>のである。コモジ・デ・メディチが魔術に関心をもったのも、学問的な興味というよりは、魔術を究めることで人並みはずれた力を身につけ、<u>自然と人間社会を支配したいという世俗的欲求つまりは権力的野心につき動かされていたから</u>であろう。</blockquote>

このコモジ・デ・メディチとは、フィレンツェの商人(金貸し)メディチ家の始祖であり、フィチーノやピコに魔術の復活を命じた人物ですが、大局的には、既存の国王や法皇を中心とする身分序列体制による私権拡大の抑制を嫌った商人階級や、私権追求の虜として登場した新興都市市民達の<span style="color:#ff3300;">欲望（性欲・物欲）の追求を全面的に肯定したのがまさにルネサンス＝人間解放であり、神と人を対等あるいは人を上位とみる自然魔術は、こうした彼らの思念と見事に合致</span>していました。

<blockquote>
ルネサンス人にとって、自然は象徴と隠喩の集合体であり、<u>宇宙は巨大な力のネットワーク</u>であり、<u>魔術とは宇宙と一体となることによって自然的事物に関された意味を感知し読み解き、森羅万象にゆきわたるこの力のネットワークを操作する深遠な科学であり、神聖な技術にほかならなかった。</u>なによりも重要なことは、フィチーノやアグリッパの魔術思想において、<u>自然を学ぶことで人間が宇宙の力・自然のエネルギーを使役しうるという信念が公然と語られた</u>ことにある。<u>その後の科学の推進力は、ひとつにはこのルネサンスの魔術思考に発している。</u></blockquote>

原発事故という惨事を引き起こした近代科学技術の本質を見るようです。己の私権拡大や、世界支配のために宇宙や自然の有する未知の力を自由の使役する・・・しかし、フィチーノを受け継ぐ<a href="http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/magic/agiripa.htm">アグリッパ</a>は「技術は、自然にたいして下僕のように仕えることで、これらの事物に働きかける」と語っており、<span style="color:#ff3300;">この時点ではまだ自然への畏怖の念は中世から受け継がれていた</span>ようです。（畏怖の念喪失の経緯については、第７回記事にご期待ください。）


<span style="font-size:125%; "＞<strong>◆　◆　◆２．「科学(学問)」と「技術」の統合への流れ</strong></span> 

１．において、中世からルネサンス期においては、古代人の方が優れていると思われており、それゆえ古代文書の翻訳が盛んであったことを述べました。
その結果、13世紀にアリストテレス哲学とキリスト教神学を統合したスコラ哲学も、その後登場したルネサンス人文主義も、「学問」の対象はあくまでも古代の“書物”に書かれたことであり、現実の人間でも現実の世界でもありませんでした。

一方、職人や技術者達は、彼らの工房において、着実に“経験”に基づく「技術」の伝承を行なっていました。
「一六世紀文化革命」より引用します。

<blockquote>
しかし、中世ヨーロッパにおける<u>学問と技術の決定的な問題点は、大学で学ばれ教授されていた学問と工房で営まれ伝承されていた技術が、たがいにまったく没交渉であったこと</u>にある。

<u>大学の学問－スコラ学の「自由学芸」－は古代の文献に依拠した思弁的学問であり、他方、職人たちの技術－「機械的技芸」－は科学的な裏づけのともなわない経験にもとづいていた。</u>そして、技術が先行していたにもかかわらず、学問は手仕事を蔑んでいた。</blockquote>

「学問（科学）」と「技術」の分離。この状況を一転させ、それらを統合した「科学技術」への道を拓いたのは、15世紀にはじまる大航海時代です。

<blockquote>
古代人の文献より現代人の経験の蓄積の方が優れているかもしれないとヨーロッパ人が気付き始めたのが14世紀のペストの流行。ペストへの対処法は現代人の方が優れていると書き残している。16世紀になると地理的発見が、古代から語り継がれた地球像が決定的に間違っていたことを明らかにする。アリストテレスの気象論もプリニウスの博物誌も熱帯は熱くて人が住めないとしていた。

大航海の渡航者たちの経験が印刷書籍として多く出回り、世界地図が数多くつくられることで、古代人の知識が誤っていたことが広くヨーロッパに広がっていく。<u>大航海の経験は、古代人の神授の知恵という思い込みを打ち砕き、近代人は古代人を乗り越えうるという自信を与えた。</u></blockquote>

更に・・・

<blockquote>
大航海の経験は地理学、磁石の指北性、新大陸の動植物、など、<u>人間の実践に伴って知識の内容は訂正されその量も増大するという事実を16世紀ヨーロッパ人に実感させる。</u>そのことは物事を知るには実地の見聞によるべき事を強く印象づける。</blockquote>

こうして、 <span style="color:#ff3300;">(古代)文書偏重から経験重視への知の転換、理論的学問から実践的知識の優越</span>が進みました。
その主人公は、大学で高等教育を受けた知識人ではなく、古典やラテン語と無縁だった職人や技術者達でした。

<blockquote>＞１７世紀の新科学は、そのような学問を大きく転換させることで形成された。その変化は、職人・技術者のサイドからの働きかけによって促されたものであった。<u>１６世紀の段階では、むしろ職人としての芸術家や技術者にそのヘゲモニーがあった。この変化をもたらしたものとして「１６世紀文化革命」があった。</u>

彼らは自分たちの技術の秘密を文書化して公開し、それまで蔑まれてきた手仕事・機械的技芸の価値を明らかにしただけではない。そこで逢着した諸問題にたいして合理的な考察を加え、そのことによって、<u>実験的観察と定量的測定こそが自然研究の基本的方法であるべきことを主張し、それまでの文書偏重の思弁的な学問にかわる経験重視の科学の重要性と有効性を明らかにしていった</u>のである。

かくして、<u>論証にもとづく定性的な自然学から測定にもとづく定量的な物理学へ</u> といたる道が拓かれ、この１６世紀文化革命が学問世界にもたらした地殻変動のうえに１７世紀科学革命はなしとげられた。

<u>１７世紀科学革命は、大学で高等教育を受け、中世スコラ学によって培われてきた厳密な論証の技術を身につけた知識人が、この職人・技術者の提起を受け止め、新科学形成のヘゲモニーを自分たちの手に取り戻すことによって達成された。</u>
かくして高等教育を受け論証技術にも長けていたガリレオやフックやホイヘンスをはじめとする新科学の推進者たちは、自分の手を使って観測装置を作成し、みずから測定や実験に取り組んだ。</blockquote>

そして、ついに、<span style="color:#ff3300;">自然魔術においてはかろうじて維持されていた自然への畏怖の感情が、科学者達が主役に躍り出ることによって失われていってしまいます。</span><blockquote>
しかしそれは同時に、<u>自然にたいする畏れを抱き人間の技術は自然に及ばないと考えていた１６世紀までの職人たちの自然観から、科学と技術で自然を支配しうると考えた１７世紀の科学者の自然観への転換をともなっていたのである。</u>その背後には、新しい自然科学は自然を観想的に理解するだけのものではなく、人間が自然を支配し自然力を使役するためのものでなければならないという、フランシス・ベーコンがアジったイデオロギーがあった。

こうして科学に裏付けられた技術という意味での<strong>「科学技術」</strong>という思想がやがて生み出されてゆく。１６・１７世紀には科学は先行していた技術から学んだのであるが、<u>１８世紀以降は、逆に、科学が技術を基礎づけるだけでなく、科学は技術を先導するようになる。しかもその技術は、まずもって自然を人間に従わせ、自然を人間に役立てる、つまりは自然を収奪することを目的としたものであった。</u></blockquote>

いかがでしょうか？
<span style="color:#ff3300;">こうしてかつては分断されていた学問と技術が統合され、科学理論に裏づけられ先導された技術＝科学技術が登場</span>しました。
しかし、これは<span style="color:#ff3300;">誕生当初から金貸し(商人)や都市市民の欲望（性欲・物欲）拡大期待に応えるものであり、神を頂点とする序列秩序を否定し、人間中心主義に貫かれているがゆえ、傲慢で自然の摂理から謙虚に学ぶという姿勢を完全に喪失した狂った思想である</span>と言えます。

科学技術誕生期の、ガリレオの実験思想、デカルトの機械論、ニュートンの力概念による機械論の拡張、ベーコンの自然支配の思想、あるいは一部のエリート科学者や国家に独占されていく様は、次回以降の記事にて更に詳細に見ていきたいと思います。
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   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』（４）ヘレニズム・ローマ帝国時代～帝国の統合需要に根ざした科学技術の体系化と個人の救い欠乏発の数学の発展</title>
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   <published>2012-01-01T12:14:05Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:28:58Z</updated>
   
   <summary>あけましておめでとうございます。 新年早々、『科学はどこで道を誤ったのか？』という重たいテーマで申し訳ありませんが、世の中を「おめでたくできるかどうか」は「暗い現実を突き抜ける可能性の発見」でしかありませんので、早速、追求を継続したいと思います。 そして、そう思っていたら、中部電力浜岡原子力発電所（静岡県御前崎市）について、川勝平太・静岡県知事は、「福島第一原発事故で（浜岡原発と同じ）沸騰水型は危ないというのが日本人の共通認識になった」として、中部電の津波対策が完了しても再稼働を認めない方針を明言した。というニュースが入ってきました。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111231-00000583-yom-pol 川勝さんがいうように「人々の共通認識」が社会を動かす時代なのですから、ますます正しい事実認識を積み上げていくことだけが、この暗い世相にあって、唯一可能な「世の中を明るくする方法」です。 応援をよろしくお願いします。  　   。前稿で、ギリシア科学思想のうち数学的自然観を中心に扱いましたが、有機体論、要素還元論と本来、多様性に富んでいました。しかし、肝心の国家統合が限界を見せ、より強大な専制国家＝帝国が登場する中から、科学は一方で帝国の統合需要に根ざした科学技術の体系化を進めつつ、他方で個人の救い欠乏発の数学の発展をみせます。 引き続き、括弧内は坂本賢三「科学思想史」からの引用です。 写真はウィトルウィウス人体図。紀元前１世紀頃のローマの建築家ポッリオ・ウィトルウィウスは、著書「建築論」のなかで、腕を伸ばした人間は円と正方形の両方に正しく内接すると主張した。ウィトルウィウスは数学的自然観のみの科学者ではないが、そんなウィトルウィウスの中にも数学的自然観が色濃く存在する。写真はhttp://www.ops.dti.ne.jp/~manva/da_vinci/as_scientist/others.htmからお借りしました。...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/">
      <![CDATA[あけましておめでとうございます。


新年早々、『科学はどこで道を誤ったのか？』という重たいテーマで申し訳ありませんが、世の中を「おめでたくできるかどうか」は「暗い現実を突き抜ける可能性の発見」でしかありませんので、早速、追求を継続したいと思います。


<span style="color:#6666ff;">そして、そう思っていたら、中部電力浜岡原子力発電所（静岡県御前崎市）について、川勝平太・静岡県知事は、「福島第一原発事故で（浜岡原発と同じ）沸騰水型は危ないというのが日本人の共通認識になった」として、中部電の津波対策が完了しても再稼働を認めない方針を明言した。というニュースが入ってきました。</span>


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111231-00000583-yom-pol


<span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;">川勝さんがいうように「人々の共通認識」が社会を動かす時代なのですから、ますます正しい事実認識を積み上げていくことだけが、この暗い世相にあって、唯一可能な「世の中を明るくする方法」です。</span></span>
応援をよろしくお願いします。


<a href="http://blog.with2.net/link.php?542299" target="_blank"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/pic/banner2.gif" width="88" height="31" border="0"></a> 　<a href="http://eco.blogmura.com/" target="_blank"><img src="http://eco.blogmura.com/img/eco88_31_femgreen.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 環境ブログへ" /></a>  <br>


。前稿で、ギリシア科学思想のうち数学的自然観を中心に扱いましたが、有機体論、要素還元論と本来、多様性に富んでいました。しかし、肝心の国家統合が限界を見せ、<span style="color:#ff3300;">より強大な専制国家＝帝国が登場する中から、科学は一方で帝国の統合需要に根ざした科学技術の体系化を進めつつ、他方で個人の救い欠乏発の数学の発展をみせます。</span>

引き続き、括弧内は坂本賢三「科学思想史」からの引用です。


<img alt="vitrv.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/vitrv.jpg" width="370" height="431" />
写真はウィトルウィウス人体図。紀元前１世紀頃のローマの建築家ポッリオ・ウィトルウィウスは、著書「建築論」のなかで、腕を伸ばした人間は円と正方形の両方に正しく内接すると主張した。ウィトルウィウスは数学的自然観のみの科学者ではないが、そんなウィトルウィウスの中にも数学的自然観が色濃く存在する。写真はhttp://www.ops.dti.ne.jp/~manva/da_vinci/as_scientist/others.htmからお借りしました。]]>
      <![CDATA[<span style="font-size:125%;">◆◆◆ヘレニズム時代～専制国家官僚制発の機械技術・軍事技術の発達と個人の救い欠乏発の占星術</span>


ギリシアの民主制は衆愚制に堕落し、ポリス同士の対立から、ギリシャ文明は潰えていき、アレクサンドロス大王の当方への殖民活動を通じて、東方との文化と人種の融合が進展して行きました。そしてこの<span style="color:#ff3300;">アレクサンドリア時代には専制国家による官僚制により科学技術の進展（特に機械技術や軍事技術）が進みます。が、その一方で、そもそもバラバラの個人に解体されているがために、自我不安の大きいヨーロッパに固有な科学の低迷をも呼び込んでいったのです。ただそんな中でも個人の魂の救済欠乏を母体として占星術は流行していきました。</span>


<blockquote>アレキサンドロス大王の遠征といっても、帰還することのない植民活動であり、一方で多くのギリシャ人が各地に定住し、現地で結婚してギリシア語とギリシア文化を広めると同時に、他方で東方の文化をギリシアにもたらし、東西の文化が融合し、ヘレニズムの時代となる。そしてポリスは解体してコスモポリス＝専制国家の時代となった。専制国家は莫大な国家資本を投じて国家自身が産業者となりかつ貿易も管理する。専制国家は忠誠ではなく契約に支えられるものとなり、民衆は忠誠をつくす相手を失い、生きる目標を見失っていく。


つまりアレクサンドリア時代の科学を特徴付けるものは形式化であり、専門職業化であり、意味の喪失である。科学研究も単なる国威発揚の手段にすぎなくなり、その故にこそ何物にも制約されることなく発展し、形式の面ではほぼ完成をみた（古くから発達していた土木技術に加えて、機械技術や軍事技術が特に発達した）のであったが、末期には科学者自身にとっても魂の救済が第1義課題となる。科学者自身が科学の研究やその結果に意味を求めるようになり、占星術が流行する。


※坂本賢三「科学思想史」からの引用</blockquote>


<span style="font-size:125%;">◆◆◆ローマ時代～広汎な国土に対応した博物学的展開と、錬金術と占星術を統合したヘルメス思想の登場</span>


ローマ帝国は、商業的というよりも農兵社会であって、都市・道路・水道といった土木建築中心の発展を遂げた。また広範な地域に展開していった<span style="color:#ff3300;">ローマ帝国の場合、その土地土地にあった建築や医学を追求する必要から、ギリシャのような理念的な学究というベクトルにならず、博物学的な展開を遂げていった</span>。（その代表がウィトルウィウスの「建築書」である）しかし、帝国が崩壊に向かうにつれて、末期にはまたしても個人の魂の救済が第1義課題となり、<span style="color:#ff3300;">またしても占星術への関心がたかまり、その中から、中世ルネッサンスにも大きな影響を与えるヘルメス思想が登場</span>することになる。


<blockquote>ローマの科学思想の特徴の第一は、アレクサンドリア科学を通じて、エジプト・メソポタミア以来の成果を受け継ぎ、新たな知見も総合している点である。第二は、それを体系化している点である。その骨格は技術ないし実用的見地によって支えられている。第三の特徴は、<span style="color:#6666ff;"><span style="color:#6666ff;">地理的、歴史的条件の特殊性に注目</span></span>している点である。これはローマ帝国のような広大な地域に生まれた自然に対する態度として当然のように思われるかもしれないが、その後の歴史を見ると、そうでない場合が多いのであって、つねに環境の中においてものをみるローマ科学は独特のものであった。


これらの特徴を典型的に現しているのがウィトルウィウスの「建築書」１０巻で、科学論、技術論をはじめ幾何学・哲学・天文・地理・植物・動物・都市計画・建築・時計・器械にわたる総合科学の書である。ウィトルウィウスでは天体などの自然科学は要素論的、設計や計算では数学的、材料や風土については目的論的で、ギリシア自然観の３つのタイプが総合されている。


しかし、ローマも紀元後になると科学思想が変質してくる。それは個人の運命の不安感から流行した占星術と化学的関心のたかまりからもたらせれた錬金術が媒介となって、数学的自然観つまりピュタゴラス主義やプラトン主義が復活してきたことであった。占星術が爆発的に流行したのはローマで、アウグストゥス帝治下においてであった。<span style="color:#6666ff;">ローマでは占星術師は「マテマティクス」つまり「数学者」と呼ばれた。複雑な計算をしなければならなかったからである。</span>錬金術がうまくいくかについては、環境条件、温度・湿度・その他の状況が効いてくるので、季節を選ぶことや、天文学によって条件を知ることも必要であったと思われる。それ故に、「<span style="color:#6666ff;">錬金術は父なる神に許された創造であり、その能力を得るためには惑星天の力を借りなければならない」と考えられ、錬金術と占星術が結びついて、（数学的自然観を中核とした）ヘルメス科学を構成した</span>。

※坂本賢三「科学思想史」からの引用</blockquote>


<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/5314.jpg"><img alt="5314.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/5314-thumb.jpg" width="300" height="385" /></a>
写真はハリーポッターでも有名な伝説の錬金術師ヘルメス・トリスメギストスhttp://yaplog.jp/grimoire-blog/archive/590からお借りしました


<span style="font-size:125%;"><span style="font-size:125%;">◆◆◆キリスト教支配の時代～占星術が否定され、キリスト教が救い欠乏を独占し、数学は神の存在証明の道具となった</span></span>


<span style="color:#ff3300;">ヨーロッパの科学思想の更なる転換は、救い欠乏を原点とした占星術が否定され、キリスト教が救い欠乏を独占したところにある。</span>


<blockquote>ゲルマン民族の大移動を契機に３９５年、ローマ帝国が分裂すると、思想家として活躍した<span style="color:#6666ff;"><span style="color:#6666ff;">アウグスティヌスは自己批判して、自由学科や機械技術はキリスト教徒には無用であるというようになる</span></span>。ヴァンダル人侵入のさなかにあった彼が自然学よりも魂の救済を主要課題としたのは当然であった。しかし、その後代への影響は測り知れないほど大きく特に１３世紀以後はアウグスティヌス主義的自然学の展開をみた。


その要点の第一は古代自然学のキリスト教的改変である。彼は新プラトン派の影響を大きく受けたが、「無からなにも生じない」とするギリシャ思想に対してキリスト教は「無からの創造」を説くので、自然科学の問題意識はここで大きく転換した。これ以後、<span style="color:#6666ff;">円環的世界像は直線的・歴史的世界像に転回</span>することになった。


第二は数学の賞揚であって<span style="color:#6666ff;">、「大きさ、形、秩序の３つは神による被造物すべてにみられるよきものである」といい数学の広汎な利用を促した。ただし彼は占星術に対しては批判的であった</span>。


そして、アウグスティヌスが死んだ頃、カルタゴで活躍したマルティアヌス・カペラは<span style="color:#6666ff;">自由学科を文法、論理学、修辞学、幾何学、算術、天文学、和声学の７つに絞込み、医学と建築学を外した</span>。

※坂本賢三「科学思想史」からの引用</blockquote>


<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/250px-Saint_Augustine_by_Philippe_de_Champaigne.jpg"><img alt="250px-Saint_Augustine_by_Philippe_de_Champaigne.jpg" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/250px-Saint_Augustine_by_Philippe_de_Champaigne-thumb.jpg" width="300" height="376" /></a>
写真はアウグスティヌス


<span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;">アウグスティヌスが占星術を批判したのは、救い欠乏をキリスト教が独占せんがためであろう。こうして数学と結びつきつつも、実験・実証主義的で土着的・秘教的な意味合いを多く持っていた占星術がヨーロッパでは禁じられ、数学的自然観はただ神の存在証明のための道具となっていった。こうして、ヨーロッパの科学技術の停滞が始まっていく。</span></span>


他方、科学の中心は、エジプト→ギリシア→アレクサンドリア→ローマとその時々の帝国の中心にあわせて移動してきたが、ローマ帝国分裂後は、東ローマ帝国とたびたび戦ったササン朝ペルシアのジュンディシャープールが研究センターとなりました。イスラム教は異教にも寛容であり、ローマからも多くを学び、そこからアラビア科学が発達していきました。


このように、みてくると、<span style="color:#ff3300;">オリエント・ヨーロッパの科学を牽引した一方の主力は、地域や民族を越えた統合を目指した帝国国家であり、もう一方は個人の救い欠乏発の数学であったことがわかります。そして、救い欠乏をキリスト教が独占した結果、一端、衰弱するわけですが、中世、商業の復活とともに、再び、錬金術と数学的自然観が再結合し、近代科学技術の基礎をつくっていくことになります。ヘルメス思想の復活です。</span>


以上、このシリーズ２～４はyama3nandeが担当しました。以降、出筆メンバーを交代いたします。

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   <title>『科学はどこで道を誤ったのか？』（３）古代ギリシアの時代～人工集団を統合するための分配の原理から数学的自然観をつくりだした古代ギリシャ</title>
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   <published>2011-12-31T11:39:53Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:28:58Z</updated>
   
   <summary>◆ ◆ ◆ 海賊山賊たちの人工集団＝ポリスを統合するために観念収束した古代ギリシア ギリシャでも、共認対象としての（いわば主体的な）自然から霊が切り離された客体としての自然への転換は起こりましたが、より大きな変化は、紀元前１２世紀～７世紀の暗黒時代、つまり、海の民たちの侵略による共同体の解体と、彼ら山賊・海賊たちによって新たに作られた私的所有者の誕生と彼らがつくった人工集団としてのポリスの誕生によって引き起こされました。 引き続き引用文は坂本賢三先生の著書「科学思想史」2008年岩波全書コレクションによります。 紀元前１２世紀～７世紀の暗黒時代、東地中海でオリエント的専制国家が崩壊し、民族移動を契機に新しい村落共同体が形成され、その集住としてポリスができていった。その原因としてはいわゆる「海の民」による破壊行動や鉄器の普及などが考えられるがいずれにせよ、分割地を持つ私的所有者が誕生、また商工業の発達がポリスを生む前提となったのであろう。このポリス及びそれを成立せしめた貨幣市場経済の成立こそギリシアの科学思想をオリエントから区別させるものであった。 紀元前６００年前後に大きな変化が現れた。ポリス内部の対立が危機的状況に達したのである。この対立を解消し、ポリスとして市民を均質化する努力が各地で行われる。スパルタは全市民を軍事に専念させる制度をつくることによって実現し、それをなしえなった諸都市では「七賢人」が活躍する。専制的な政治権力のないところでは諸勢力間の調和を目指す立法は極めて困難であるが、ここではそれを精神世界の変革によって行ったのである。 そして密儀宗教が発達した。その教義にはエジプトやペルシアやスキタイの影響も見られるが、それらと基本的に異なるのは個人の救済を目指すものだったことである。それは家柄とか身分とかかかわりなく、かつては王のみに許されていた永遠の至福を約束する。また新しい立法は私闘を禁じ共同体による罰に代えたのであるが、そいれは流血を穢れとする態度と結びつき、新しい立法は新しい信仰による浄めと結びついた。 密儀宗教は貴族と平民を調和させただけでなく、貴族の特権に反対し、富や快楽のもたらす逸脱にも反対した。いわゆる禁欲主義であり、公平をもたらそうとした。貨幣の存在はあらゆるものの公平な分配を可能にし、比を探求することで正義がもたらされると考えた。※坂本賢三「科学思想史」より引用 こうして、個人的救済を目指す密儀宗教を母体としながら、分配の公正を目指して、公共の場での議論、討論が研鑽されることになる。こうして前６世紀に哲学者たちが登場することになり、自然哲学も、ポリスにおける秩序と正義の根拠をなす自然秩序とその原理の探求へと向かったのであった。  　  ...</summary>
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         <category term="B.科学史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
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      <![CDATA[<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆ 海賊山賊たちの人工集団＝ポリスを統合するために観念収束した古代ギリシア</strong></span><br>


ギリシャでも、共認対象としての（いわば主体的な）自然から霊が切り離された客体としての自然への転換は起こりましたが、より大きな変化は、紀元前１２世紀～７世紀の暗黒時代、つまり、海の民たちの侵略による共同体の解体と、彼ら山賊・海賊たちによって新たに作られた私的所有者の誕生と彼らがつくった人工集団としてのポリスの誕生によって引き起こされました。

<span style="color:#6666ff;">
引き続き引用文は坂本賢三先生の著書「科学思想史」2008年岩波全書コレクションによります。</span>
<blockquote>紀元前１２世紀～７世紀の暗黒時代、東地中海でオリエント的専制国家が崩壊し、民族移動を契機に新しい村落共同体が形成され、その集住としてポリスができていった。その原因としてはいわゆる「海の民」による破壊行動や鉄器の普及などが考えられるがいずれにせよ、分割地を持つ私的所有者が誕生、また商工業の発達がポリスを生む前提となったのであろう。このポリス及びそれを成立せしめた貨幣市場経済の成立こそギリシアの科学思想をオリエントから区別させるものであった。


紀元前６００年前後に大きな変化が現れた。ポリス内部の対立が危機的状況に達したのである。この対立を解消し、ポリスとして市民を均質化する努力が各地で行われる。スパルタは全市民を軍事に専念させる制度をつくることによって実現し、それをなしえなった諸都市では「七賢人」が活躍する。<span style="color:#6666ff;"><span style="color:#6666ff;">専制的な政治権力のないところでは諸勢力間の調和を目指す立法は極めて困難であるが、ここではそれを精神世界の変革によって行ったのである。</span></span>

そして密儀宗教が発達した。その教義にはエジプトやペルシアやスキタイの影響も見られるが、それらと基本的に異なるのは個人の救済を目指すものだったことである。それは家柄とか身分とかかかわりなく、かつては王のみに許されていた永遠の至福を約束する。また新しい立法は私闘を禁じ共同体による罰に代えたのであるが、そいれは流血を穢れとする態度と結びつき、新しい立法は新しい信仰による浄めと結びついた。


密儀宗教は貴族と平民を調和させただけでなく、貴族の特権に反対し、富や快楽のもたらす逸脱にも反対した。いわゆる禁欲主義であり、公平をもたらそうとした。<span style="color:#6666ff;">貨幣の存在はあらゆるものの公平な分配を可能にし、比を探求することで正義がもたらされると考えた。</span>※坂本賢三「科学思想史」より引用</blockquote>


<span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;">こうして、個人的救済を目指す密儀宗教を母体としながら、分配の公正を目指して、公共の場での議論、討論が研鑽されることになる。こうして前６世紀に哲学者たちが登場することになり、自然哲学も、ポリスにおける秩序と正義の根拠をなす自然秩序とその原理の探求へと向かったのであった</span></span>。

<a href="http://blog.with2.net/link.php?542299" target="_blank"><img src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/pic/banner2.gif" width="88" height="31" border="0"></a> 　<a href="http://eco.blogmura.com/" target="_blank"><img src="http://eco.blogmura.com/img/eco88_31_femgreen.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 環境ブログへ" /></a>  <br>]]>
      <![CDATA[<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/300px-Nuremberg_chronicles_f_60v_1.png"><img alt="300px-Nuremberg_chronicles_f_60v_1.png" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/300px-Nuremberg_chronicles_f_60v_1-thumb.png" width="450" height="262" /></a>
写真はギリシアの七賢人。


ギリシア哲学は非常に普遍的秩序の根拠を追い求める哲学である。それは共同体が解体され、規範を失い、しかもそれ故に力の序列原理では統制が利かなくなり、法制統合のために統合観念が必要になったという時代の要請を背景にしている。そして、そのような「誰に命令されなくても自明であると誰もが認めるような不動の秩序の体系を自然の中にも求めた」のである。しかし、元来、自然は融通無碍なものだし、変化していくものであって、混沌と秩序を反復するものである。従って、「誰もが認めうる不動の秩序原理」とはそうあってほしいと願望したところの価値観念でしかないし現実にはありえない架空観念である。しかし、そのような自然は誘導無碍だなどという観念を許容していては、バラバラになった個人の欲望を制御することは極めて困難だ。だから、彼らギリシア人はなんとしても「誰もが認める不動の秩序原理」を求めたし、それは価値観念であるが故に「自然の秩序は、均斉が取れ、おのずから調和した美しいものであるという」方向へと向かっていった。



<blockquote>自然秩序とその原理へと進んだ人々はメソポタミアのような「誰が自然を創造したか」という問いの立て方をしない。彼らは「アルケ」＝原理を求める。つまり混沌から秩序へという政治課題が特権的な一人の専制君主によって解決できずに、秩序化の根拠となるより普遍的な根拠を求めたように、自然的秩序の成り立ちも、誰かがそれを創造したということではなく、自然の過程そのものの中に、根拠をみようとしたのである。そして<span style="color:#6666ff;">自然を生成されるもの（ピュシス）とみなして、その始原を探求し、自然の統一性・共通性に重点が置かれ、原理からの論理的演繹が学問の方法となった。これらがとくにオリエントの自然観と比較して見た顕著な特質であり、現代まで続く科学の自然に対する態度の原型である</span>。。。※坂本賢三「科学思想史」より引用</blockquote>

<span style="font-size:125%;"><strong>◆ ◆ ◆社会も自然も規則正しく秩序だってあらねばならないという価値観念＝架空観念発の数学的自然観</strong></span><br>

古代ギリシアにはたくさんの学派があるが、大きくは３つの基本的態度があった。それは①要素論的態度（機械論とも呼ばれる）②数学的自然観③自然を生き物としてみようとする態度（有機体論あるいは目的論）である。その中でも、近代自然科学にも大きな影響を与えた数学的自然観についてみてみよう。


<blockquote>ピタゴタスは「無政府より大きな禍いはない」と考え、法を重視し、自然や社会の中に比例関係（ロゴス）を見出そうとする。<span style="color:#6666ff;"><span style="color:#6666ff;">数で表現される比としての秩序を求めた例としては和音がある。弦の長さの比によって音階が決まり、そこから調和や均斉、美が見出される。</span></span>ピタゴラスの定理をはじめとする幾何学の定理を定式化し、無理数の概念に到達している。医学においても健康とは「正しく分配されている状態」であり病気は「一つが支配的状態である」という。ここにも分配の原理を追求した政治的概念の反映をみることができる。


数学的自然観はその後、プラトンに引き継がれ、更に発展していく。プラトンの考え方についてシンプリキオスは次のように言っている。


「プラトンは天体の運動が円で一様で常に規則正しいという原理を主張する。したがって彼は数学者に次の問題を課したことになる。すなわち一様で完全に規則的などのような円運動が惑星によって示される現象を救いうるような仮説として認められるか」


この「現象を救う」という言葉は、これ以後ずっと１６世紀に至るまで近代思想の基本理念となった。※坂本賢三「科学思想史」より引用</blockquote>

<a href="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/57-1pic.gif"><img alt="57-1pic.gif" src="http://blog.sizen-kankyo.net/blog/img2011/57-1pic-thumb.gif" width="450" height="420" /></a>
写真はプラトン立体。プラトンはこれらの幾何学図形で自然を説明した・・・私にはチンプンカンプンです・・・http://homepage1.nifty.com/metatron/zone-12/57.htmよりお借りしましたが。


どうであろう。<span style="color:#ff3300;">このはじめに自然は規則正しいor美しいという仮説が始めにありきで、そのような視点から自然が観察され、それを証明する数式が探求される、そして証明されれば、絶対普遍の自然の秩序が証明されてこととして固定される、というこの数学的自然観。</span>正直、私たち日本人からは考えられない世界観ではないだろうか。確かに、私たちにも自然は美しいあるいは秩序だっていると感じられる時もある。しかし、そのような自然観が絶対的であるなどということはありえない。常に自然は変化し、混沌と秩序を繰り返すものだという世界観の方が一般的であろうし、それこそが事実であろう。


現在、西洋発の近代科学が金貸しの営利追求という意向にのみ沿った極めて一面的な現実にそぐわない認識になっており、その結果、これほど大きな地球破壊現象となって現れている。


http://www.sayuu.net/blog/2011/12/002163.html


<span style="color:#ff3300;">近代科学技術の暴走の背後には、「自分たちに都合のいい価値観念＝仮説」から始まって、それを論証していくこと演繹的手法こそが科学的なことだという非常に誤った古代ギリシアの数学的自然観が土台になっているのだ。</span>
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